ArtSaltのサイドストーリー

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技術との闘争、技術との協調

話題になっている Erik BrynjolfssonAndrew McAfee の共著 "Race Against The Machine" を読んだ。著者の言わんとすることを自分なりに簡単にまとめると、

  • 今日の雇用危機は経済成長が不十分だからではない。むしろ経済成長が順調だからこそ失業者が増えるのである。
  • 蒸気機関、内燃機関、電気などテクノロジーの進歩は人間の仕事を減らしてきた。現代はコンピューターなどの機械が人間の仕事を奪っている。
  • だが蒸気機関、内燃機関、電気などは同時に企業家たちに新たな雇用を作らせた。産業革命以後多くの人たちが農業をやめたが、それを上回る数の雇用を産業革命は作り出した。同様のことはコンピューターとネットワークの時代にあっても起きるはずである。
  • 人間の仕事にはオートメーション化されて機械とコンピューターに駆逐されていくタイプとオートメーション化されにくいタイプの仕事がある。
  • これからは機械と対峙する競争 (race against the machine) ではなく機械と共同する競争 (race with the machine) の時代である。

…ということだ。

Race Against The Machine

苦労してオリジナルの英語を読んだのだけど、なんと数日後(2013年2月7日)に日本語訳が紙の本で出版されるとか。まあ、いいや、もう読んじゃったし。

AmazonのURLを貼っておく。2013年2月2日の時点での値段も書いておく。為替レート変動で価格がときどき変わるはず。

アメリカAmazonのKindle本 - $3.50 ←オイラが買ったのはこれです。安い!
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日本Amazonのペーパーバック(日本語) - 1,680円←「機械との競争」という邦題
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本書の中で著者の2人は「私たち2人はできるだけ多くの人たちができるだけ早くこの本をコピーしてほしいと思っている」と明言している。ならば遠慮なく一部を翻訳して公開することにしよう。以下は個人的に重要だと感じた箇所の翻訳である。


第1章

もっと大きな問題は経済成長が回復しても失業者が仕事を見つけられないことだ。景気後退が公式に終了してから25ヶ月経過した2011年7月アメリカの失業率は依然として9.1%という数字だった。これは過去最悪だったときよりも1ポイント未満の改善に過ぎない。失業期間の平均値は2011年前半までに39.9週にまで跳ね上がった。これは戦後最悪だった時期の約2倍だ。

これらの酷い数字を見て多くの人は当惑する。なぜなら他の経済指標は大不況 (the Great Recession) が公式に終了した2009年6月には素早く回復しているからだ。大不況が終わってからの7四半期のGDP成長率は平均で2.6%である。

首切りの数は即座に大不況以前の水準に戻った。企業は首切りをやめた。しかし新しい雇用は増えていない。企業が新たに導入したのは新しい機械である。新しい人間ではない。

なぜ失業率はいつまでたっても改善しないのか? この設問に対するアナリストの説明は3つに分類できる。景気循環説、景気停滞説、そして「仕事の終焉」説である。

景気循環の立場から見ると、特に新奇なことが起きているわけではない。米国における高い失業率は単に経済が人々を仕事に戻すほど十分に成長していないだけの話だ。ポール・クルーグマンはこの見解を支持する1人である。彼は言う、「すべての要素が示唆しているのは、米国の高い失業率は不十分な需要の結果である、ということだ」。

経済学者タイラー・コーエン (Tyler Cowen) は2010年の著書でこう述べている。

少なくとも300年間私たちは果樹の低いところにある果実を食べてきた。しかしこの40年間で低いところに垂れ下がった果実は消滅しつつある。にもかかわらず私たちは果実がまだそこにあると思い込んでいるのだ。私たちは現在技術的停滞期 (technological plateau) にあることを認めたがらない。果実の樹が私たちの期待に反して裸の状態であることを認めようとはしない。しかし現在起きているのはまさにこういうことなのだ。

景気停滞説はリーマン・ショック後の大不況を無視するわけではない。しかし、それが現在のゆっくりした景気回復と高い失業率の主な原因である、という考えをとらない。この苦しみの原因はもっと深いところにある、と彼らは考える。

前述のコーエンは、景気のスローダウンは1970年代から続いていると見る。アメリカの生産性が伸び悩み、家庭の収入の中央値の上昇が止まったのはこの時期である、とする。

この種の説明に近いものとして、アメリカは景気停滞しているわけではなく、インドや中国など他国がアメリカに追いつきつつあるのだ、という見方がある。

新たな雇用がなかなか増えない問題に対する3番目の説明は景気停滞の論議をいったん脇に置く。そして近年のテクノロジーの進歩を軽視しない。逆である。テクノロジーの進歩を重視する。私たちはこの立場を「仕事の終焉」と呼ぶ。これはジェレミー・リフキン (Jeremy Rifkin) が1995年に書いた同名の著書にちなんだものだ。

仕事の終焉論を唱えるのは、ジョン・メイナード・ケインズ、ピーター・ドラッカー、そしてノーベル賞を取ったワシリー・リオンチェフ (Wassily Leontief) である。リオンチェフは1983年に、「生産における最も重要な要素としての人間の役割は縮小する運命にある。これは、農業生産における馬の役割がトラクター導入によって低下し、やがて完全に一掃されたのと同じことだ」と述べている。

景気停滞説をとる人たちは、収入や他の経済指標の伸びに力強さが欠けているのはテクノロジーの革新が減速しているからだ、と見る。私たちの考えはそれとは正反対だ。テクノロジーの革新のペースは減速していない。逆に加速している。そして非常に多くの人たちがそれに取り残されている。一言で言うと、多くの労働者は機械との競争に負け続けているのである。

しかし私たちは悲観論者ではない。人間の労働者が陳腐化する時代が来るとは思っていない。強力なデジタル・テクノロジーの時代にあっても人間のある種の技能はむしろ未だかつてないほど価値が高まるのだ。

第2章

ソフトウェアは少なくともある分野ではハードウェアと同じ速度で進歩した。コンピューター科学の Martin Groetschel は1988年から2003年にかけてコンピューターによって解決された標準的な最適化の速度を分析し、4,300万個の改善点を立証し、それを2つのグループに分類した。ひとつは以前より速くなったプロセッサーであり、もうひとつはソフトウェアに組み込まれた以前より良くなったアルゴリズムである。プロセッサーの速さは1,000倍になった。だがこの数値はアルゴリズムの進歩と比較すると色褪せてしまう。アルゴリズムは同時期に43,000倍良くなったのだ。

もしもパターン認識と複雑なコミュニケーションがオートメーション化されたら人間の技能は影響を受けないだろうか? チェス盤の残り半分をめぐる闘いを始めてもアドバンテージを維持できるだろうか? 当面は大丈夫だろう。ヒト型ロボットはまだ原始的で、細かな運動能力はお粗末で、階段から転げ落ちる程度の水準だからだ。植木の仕事やレストランでテーブルを片付ける仕事が今すぐに機械にとって代わられることはないだろう。

アラン・チューリング (Alan Turing) は、2000年までにはチューリング・テストでコンピューターの発する言葉を人間の言葉であると70%の確率で勘違いさせるほどコンピューターが進歩するだろう、と予言した。しかし1990年以後毎年開催されているローブナー賞というチューリング・テストの大会で半分以上の審判員を騙すことに成功して受賞したチャット・プログラムはまだ現れていない。他のどんなコンピューターであろうと人間そっくりなコンピューターは存在しないのだ。

第3章

デジタル・テクノロジーは高速で進歩する。しかし人間の組織と技能がそれに追いついていない。その結果多くの人たちが取り残されつつある。

米国1人当たりの実質GDP成長率と世帯ごとの実質所得中央値, 1975-2008
Race Against The Machine

上の図表は米国1人当たりの実質GDP成長率と世帯ごとの実質所得中央値を示したものだ。どうしてこんなに違うのか。大雑把に言うとこれは再分配の中央値と平均値の差異に由来する。50人の建設労働者がバーで飲んでいる場面を思い浮かべていただきたい。そこにビル・ゲイツが加わり、最も貧しい労働者1名が退出したとしよう。すると富の平均値は10億ドルに上昇する。だが中央値は全く変化しない。

アメリカ経済における所得に起きているのはこれと同じようなことだ。この数十年間で1兆円を超える富がつくられた。しかしそのほとんどは少数の人たちに渡った。経済学の Ed Wolff によれば、1983年から2009年にかけてアメリカの富は100%以上増加したが、この恩恵を受けたのは全世帯の20%である。残りの80%の人たちは30年近くにわたって富が実質的に減っている。

10年ごとに見た雇用数の伸び, 1940s-2000s
Race Against The Machine

この10年間でアメリカの人口は3,000万人増えた。すると2000年と同じ割合で雇用を維持するためには1,800万の雇用を新たに作る必要がある。しかし実質的な雇用は新たに生まれなかった。仕事に就いている人の割合は64%強から58%に減った。

歴史的に見ると、生産高の上昇は雇用の増加を意味した。だが現在の景気回復は予想を遥かに下回る規模でしか雇用を生み出さなかった。デジタル・テクノロジーが広範囲で強まるに従ってGDPと雇用の強い相関関係は弱まったわけだ。第2章で明らかにしたように、これは単なる偶然ではない。

経済学の素養がほとんどない人たちはこのことを知っている。機械と競争すれば負ける者がいることを直感的に知っている。皮肉なことに、この考えに抵抗を感じるのは良い教育を受けたはずの経済学者である。経済成長の標準モデルによって経済成長すればすべての国民が利益を得ることは当然だと思っている。だがノーベル賞を受賞したポール・サミュエルソンが指摘するように、アウトソーシングとオフショアリングは必ずしもすべての労働者の富を増やさない。テクノロジーの進歩はすべての人たちの所得を増す上げ潮であるとは限らない。たとえ全体の富が増えても勝者と敗者が生まれるのが普通だ。そして敗者はかつて馬車を製造していた工場労働者ほど少数ではない。基本的には多数派であり、人口の90%を超えることもありうる。

経済学者のデイビッド・リカルドは当初テクノロジーの進歩は万人に利益をもたらすと考えていたが、ラッダイト運動の直後に「技術的失業 (technological unemployment)」の抽象モデルを考案した。この考えの基本は、ある条件では労働者の均衡賃金が必要最低限の水準を下回る可能性がある、ということだ。合理的な人間ならそんな低賃金で働くことは意味がないと考える。こうして労働者は職を離れ、代わって機械がその仕事をやるわけだ。

経済学者のグレゴリー・クラーク (Gregory Clark) は著書の中でこう指摘する。

イギリスでは労役を担う馬の数は産業革命からかなり経過した1901年の時点で最大になっている。このときイギリスには325万頭の馬がいた。長距離輸送では鉄道にとって代わられ、機械の駆動では蒸気機関にとって代わられたけれども、依然として馬は農耕地を耕し、荷馬車を引き、短い距離の輸送をおこない、運河の舟を引っ張っり、坑道で働き、戦争で軍隊の移動を助けた。だが19世紀末期の内燃機関の到来が馬を即座に追い払った。こうして1924年までに馬の数は200万頭を割った。かつてすべての馬が使われるほどの賃金が常にあった。しかしその額は低くなったので馬の餌代を支払えなくなったのだ。

フルタイム通年の男性労働者の賃金の変遷, 1963-2008
Race Against The Machine

税引き後の実質企業利益, 1990-2010
Race Against The Machine

商務省の最新データによると、近年の法人利益は全国内法人所得の23.8%を占める。これまでの記録を1ポイント上回るシェアである。同様にGDPに占める法人利益の割合はこの15年間で最高である。他方で賃金と給付を含むあらゆる形の労働者の報酬はこの50年間で最低になった。労働とは対照的に資本はパイの割合を増やしたのだ。

勝者の収入が増え、敗者の収入が減ると、全体的には需要の落ち込みになる。高い技能の労働者は追加の収入が与えられる。彼らは労働時間を増やすのでなくレジャーの時間と貯蓄を増やすかもしれない。他方で低い技能の労働者は職を失い、無力なままになる。あるいは労働力の市場から脱落することになるかもしれない。高い技能の労働者も低い技能の労働者も以前より働かなくなる。こうして全体の生産活動は落ち込むのである。

短期的に見ると、労働から資本への富の移動は全体の需要の縮小をもたらす。そしてGDPの総額も減る。この現象を要約してくれる古典ではあるが実話かどうか疑わしい有名な逸話がある。フォードのCEOヘンリー・フォード2世と労働組合のUAW (United Automobile Workers) の委員長ウォルター・ルーサーが一緒に自動車工場を見て回っていたときのこと。フォードは軽い冗談を言ってルーサーをやんわりと挑発した。「ウォルター、このロボットたちにUAW向けのカネを支払ってもらうにはどうすればいいだろうね?」。ルーサーはひるむことなく切り返した。「ヘンリー、このロボットたちに君のところの車を買ってもらうにはどうすればいいだろうね?」。

デイビッド・ドーン (David Dorn) とデイビッド・オーター (David Autor) の調査によると、最近になって技能と賃金の関係はU字形になっている。最近の10年間で中間の技能を持つ者に対する需要は落ち込んだ。高い技能の労働者は非常に良い。しかし興味深いのは、低い技能の労働者は平均的な技能の人たちよりも被害が少ないことだ。つまり労働市場の需要は両極性になっている。アルファベットのUの字の形になっている。

これはオートメーションに関するある興味深い事実を反映している。簿記係、銀行の出納係、あるいは適度の技能が要求される工場労働者の仕事は庭師や美容師や家庭健康助手に比べると容易にオートメーション化できる。他方で特にこの25年間では物理的調整や知覚が要求される物理的活動は基本的な情報処理よりもオートメーション化されにくいことがわかってきた。これを「モラベックのパラドックス (Moravec's paradox) 」と呼ぶ。

洞察力、微細な運動能力、移動能力はオートメーション化が非常に難しい。人間の脳は高度に特殊化された神経回路を活用している。これは100万年を超える歳月をかけて洗練されてきた。そのおかげで人間は顔を認識したり、物体を操作したり、障害物がある場所でも自由に歩けるのだ。5桁の数の掛け算は人間にとってマスターするのは難しいが、物体の端を検知して視差を使って空間内の物体の場所を特定するとき人間の視覚野はもっと複雑な計算を楽々とやっている。

収入の中央値がずっと停滞しているのはテクノロジーの進歩が欠如しているからではない。逆である。私たちの技能と制度がテクノロジーの急速な変化に追いついていないことが問題なのだ。19世紀と20世紀にかけて連続したオートメーションの波が人間から仕事を奪ってきたとき、企業家は新しい職を作り、労働者はそれに必要な技能を学んだ。多くの人たちが農業を離れた。しかしもっと多くの雇用が製造とサービスで誕生したのだ。

第4章

蒸気動力が進歩してあらゆる産業に広まったとき人間の労働者は以前より多く必要になった。人間が必要とされたのはむき出しの物理的な力ではない。求められたのは移動能力や機敏さや調整能力や知覚能力のような物理的な力、そしてコミュニケーションやパターン照合や創造性のようなメンタルな力である。

経済競争は人々が機械と共に歩む絶え間ない革新からもたらされる。人間と機械が協調して競争に臨めばもっとたくさん生産できるし、市場を獲得できるし、他の「人間と機械」の組み合わせを打ち負かすことができる。

チェスのゲームをめぐる逸話が良い例である。1977年チェスのチャンピオンだったガルリ・カスパロフ (Garry Kasparov) はIBMのチームが作った1,000万ドルのスーパーコンピューターに負けた。これはビッグニュースだった。しかしその後のチェスの世界に起きた進歩に関する報道は主にギークたちの間でしか知られてこなかった。そのため現在地球で一番強いチェスのプレーヤーがコンピューターではないということはあまり知られていない。一番強いプレーヤーはコンピューターを使った人間のチームである。

人間とコンピューターの直接対決がつまらなくなってから(なぜかというとコンピューターが必ず勝つからだ)皆の関心は「フリースタイル」の競争に移った。フリースタイルでは人間とコンピューターのあらゆる組み合わせが認められる。最近の総合勝者は最強の人間でもなく最強のコンピューターでもない。カスパロフの言葉を引用しよう。

最強なのは3台のコンピューターを操作するアマチュアのプレーヤーたちだ。「チェスを苦手とする人間 + 機械 + 優れたプロセス」は強いコンピューターに勝る。もっと驚くべきことはその組み合わせが「チェスを得意とする人間 + 機械 + 劣ったプロセス」に勝ることだ。

eBay と Amazon Marketplace のおかげで600,000人以上の人たちが新しくて以前より素晴らしい今までにない廉価な商品を世界中に売って生活の糧にしている。新しい製品の「ロングテール」は莫大な消費者利益を生み出し、急速に成長する分野である。

Apple の App Store と Google の Android Marketplace はモバイル・アプリケーションのアイディアを持っている人たちがアプリを作って販売することを容易にしている。

テクノロジーはGoogleの Hal Varian が言うところの「ミクロな多国籍企業 (micromultinationals) 」にもっともっと多くの機会を与えている。ミクロな多国籍企業とは、少人数の従業員がいて、世界中に顧客がいて、ワールドワイドなサプライヤーとパートナーのネットワークがあるような企業を言う。20世紀の典型的な多国籍企業は少数の巨大企業であり、巨額の固定費用が必要で、非常に多くの従業員がいた。しかし次の21世紀は莫大な数の小さな多国籍企業を誕生させるだろう。固定費用は低額で従業員はごく少数になる。いずれのモデルもトータルでは同じ数の人たちを雇用する。しかし後者はもっとフレクシブルになるだろう。

私たちが教えているクラスにいるある学生は写真をシェアするFacebookアプリを作った。その学生はプログラミングをほとんど学んでいない。にもかかわらず普通のツールでプロが作ったかのようなちゃんとしたアプリを数日で作りあげてしまったのである。1年もたたないうちに100万人以上がそのアプリを使うようになった。このイノベーションはFacebookのユーザー・ベースのおかげで可能になった。Facebookのユーザー・ベースはWWWのおかげで可能になった。WWWはインターネットのプロトコルのおかげで可能になった。インターネットのプロトコルは「ムーアの法則」による格安のコンピューターなど多くのイノベーションのおかげで可能になった。この学生は先行するこれらの発明品がなければ100万のユーザーに価値をもたらすことができなかっただろう。

小さな会社に勤めている人たちがタスクを書き出す場面を想定してみよう。1枚のカードにつき1個のタスクを書く。会社に52個(通常のトランプのカードの枚数と同じ数)のタスクがあればそれらをアレンジする組み合わせは52の階乗 (52 * 51 * 50 ... * 2 * 1) になる。組み合わせの爆発的増加は1個の米粒が毎日2倍になって指数関数的に増える数 (1, 2, 4, 8, 16, 32...) を上回る。

かつてトマス・エディソンは、電球の物質で最も良い組み合わせを見つけようとするときのことを問われ、こんなことを言っている。「私は一度も失敗したことがない。単に10,000通りの組み合わせがうまくいかないことを発見しただけなんだ」。これを企業家の数1,000万で掛け算をしてみよう。経済のイノベーションの可能性がいかに大きいかわかるはずだ。そしてほとんどの可能性が未開発なのだ。

勝者総取り (winner-take-all) の経済では各々の市場でトップに立った者だけが莫大で不均衡な報酬を得る。だが新たに作られる市場の数の上限値は最初から決まっているわけではない。基本的には1,000万を超える人たちが1,000万を超える市場でそれぞれ主役になりうる。

とりわけリーダーシップとかチーム育成とか創造性などのよりソフトな技能が今後ますます重要になる。そのような技能はオートメーション化しにくく、動的で企業家精神にあふれた経済で最も必要となる。逆に、毎日他の誰かにこうしろと指示されるだけの従来のタイプの仕事を探している大卒の人たちは今後ますます機械との競争にさらされるようになる。

1. 教育に投資せよ。

2. 任期にとらわれることなく教師を達成度について責任を負わせよ。

3. 学生への授業をテストや成績認証の過程から分離せよ。

4. 高等学校3年までの生徒の授業時間を増やせ。

5. 技能を持った移民を奨励して技能を持った労働者の割合を増やせ。

6. 企業家精神をビジネス・スクールだけでなく高等学校で教えよ。

7. カナダにあるような founder's visa を作って企業家を応援せよ。

8. 新しいビジネスのために情報センターとデータベースを作って創造と宣伝のテンプレートを活用せよ。

9. 新ビジネスへの行政のバリアーを積極的に減らせ。

10. 投資して通信と運輸のインフラをアップグレードせよ。

11. 基礎研究と政府の卓越した研究開発機関への基金を増やせ。

12. 雇用と解雇に対する寛容な今の規制を維持せよ。首切りの禁止は逆説的だが雇用を減らす。新しい製品やビジネスモデルを実験的に始める企業にとってリスクが高まるからである。

13. テクノロジーを買うよりも人を雇うことがもっと有利になるようにせよ。これを実現するためには雇用主に課されている雇用税を減らし、長期間仕事を離れていた人への助成金や減税をおこなう。

14. 仕事で得られるさまざまな利益を分離せよ。健康保険など仕事と結びついた義務的な利益を統合することは労働者が新しい仕事に移ったり仕事を辞めたり新しいビジネスを始めることを困難にする。一例をあげると、多くの潜在的企業家は健康保険を維持する必要があるので起業が妨げられている。デンマークとオランダはこの点で時代の先を行っている。

15. 新しいネットワーク・ビジネスを無闇に規制しようとするな。

16. 巨額の住宅ローンを廃止または減額せよ。現在これは年間1,300億ドルを超える額だ。もしもこのカネが研究と開発に回されたら成長に貢献するだろう。持ち家の慣習は大きな利点があるが、労働の流動性と経済の柔軟性をしばしば損ねることも事実である。これは柔軟性をますます必要としている経済にとって都合が悪い。

17. 金融業界に対する補助金は公式非公式を問わず減額せよ。

18. 特許システムを改革せよ。

19. 著作権期間を長くするな。逆に短くせよ。フェアユースの柔軟性を増やせ。

第5章

いま起きているのは第3の産業革命であり、これはコンピューターとネットワークによってもたらされている。第1と第2の革命がそうであったように、第3の産業革命が達成されるには数十年を要するだろう。

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移民受け入れを公言する平沼赳夫は保守か?

 日本の著名な政治家や学者、産業界首脳が、外国人の受け入れ拡大を求める異例のキャンペーンを開始した。

 日本国際フォーラム政策委員会のメンバー87人は25日付の主要紙に半ページの意見広告を載せ、日本が生き残るためには移民政策を見直し外国人を受け入れる必要があると訴えるとともに、菅直人首相にそのための政策提言を行った。

国内 / 政治 / 日本の識者が外国人受け入れ拡大のキャンペーン / The Wall Street Journal, Japan Online Edition - WSJ.com

以下は「第33政策提言 「外国人受入れの展望と課題」」からの抜粋。

政策提言

提言1
観光やビジネスを目的とする外国人は極力受入れを拡大するとともに、定住目的の外国人については、日本の国益の観点から選択的に受け入れるべきである。
提言2
外国人高度人材を優先的に受け入れ、わが国に滞在し、国内外を移動しながら自由に活動できる諸条件を整備せよ。
提言3
狭義の不熟練労働者の受入れは今後とも慎重に対応する一方、日本人だけでは供給困難な職種を特定して、その人材開発と資格取得を支援せよ。
提言4
「経済連携協定」における外国人受入れ条項の条件の柔軟化を図るとともに、就労を認める分野を順次拡大せよ。
提言5
社会統合政策を外国人政策の第二の柱とし、国と自治体が連携する効果的な実施体制を確立せよ。
提言6
日本語能力を持たない外国人に対し、地域における日本語学習の機会を保障する体制を整備せよ。
提言7
秩序ある労働者受入れと労働者保護のために、「外国人雇用法」を制定するとともに、二国間「労働協定」を締結せよ。
提言8
「社会保障協定」の締結を促進し、国内外を移動する日本人及び外国人に配慮した社会保障制度とせよ。
提言9
永住外国人への地方参政権の付与は、憲法違反の可能性が高く、政治的にも懸念を抱かせる要素があり、慎重な議論が必要と考える。
第33政策提言 「外国人受入れの展望と課題」 (PDF) @ 財団法人日本国際フォーラム】

新聞に掲載された意見広告

新聞に掲載された日本国際フォーラムの政策委員会の意見広告はこちら。現役の国会議員が2人いる。浅尾慶一郎氏と平沼赳夫氏。
http://www.jfir.or.jp/j/pr/article/opinion_advertisement33.pdf (PDF)

浅尾慶一郎氏は日本の国益よりも企業の利益を優先するグローバリスト政党「みんなの党」の政治家だからここに名があることは何ら驚くに値しない。注目すべきは「たちあがれ日本」の平沼赳夫氏だろう。彼は自他共に認める保守政治家である。

平沼氏は郵政民営化に反対し続けたことで地域経済を守る立場の人たちから喝采を浴び、そして蓮舫氏について「日本人じゃなかった人が事業仕分けをやっている」と発言したことでゴキウヨから喝采を浴びた政治家である。しかしながら「日本は移民を受け入れよ」と提言する政治家を保守と呼ぶのにはさすがに無理がある。自称「保守」の化けの皮がはがれつつあると言うべきか。

もうこうなったら頼りになるのは排害社ぐらいかなあ。

関連

日本は19世紀後半の欧米を再現しようとしている

VOAの American History がとりあげている移民の問題

VOA Special English に U.S. History というコーナーがあり、これが大好きだ。簡単な英語で書かれているとはいえ内容はかなり濃い。目が疲れない電子ペーパーのKindleを買ってからはこの U.S. History をよく読んでるよ。最近読んで衝撃を受けたのがこれ。19世紀のヨーロッパとアメリカ。移民の歴史。
American History: Immigrants From Europe Seek a Better Life in a New Land | U.S. History | Learning English

簡単に翻訳しといた。「移民」とか「外国人参政権」の問題に興味がある人は読んでほしい。19世紀のヨーロッパとアメリカってまるで現代の日本なんだよね。

おおざっぱな翻訳

1860年までのアメリカは農業国。工業国になったのはその後のことである。1860年の商業工業生産は2億ドル。30年後には工業生産が10億ドルになる。500万人以上が工場または炭鉱で働き、300万人が建設または輸送の仕事をするようになった。

農業から工業へと多くの人が移った。農業はきつく賃金が少ない。若者は家の農業を捨て、もっと簡単で良い生き方を求めて都市に移った。彼らの望むものは工場にあった。一所懸命働いて新しい技能を身につけた者は更に良い職を得ることができた。

これは農業従事者に限ったことではない。外国からやって来た移民もそうだ。さまざまな理由でさまざまな国から人がアメリカにやって来た。彼らの目的は同じだった — 新しい世界でより良い生活をすること。

1850年代アメリカ、産業革命。工場が欲しがったのは熟練労働者だった。彼らには高額の給与が与えられた。

イギリスから来た労働者はそれらの技能を有していた。もともと彼らはイギリスでも工場労働者だったのだ。祖国では賃金が低かったけれどアメリカでは違う。だから彼らはアメリカにやって来た。イギリス人だらけの工場が多かったのはそういうわけだ。

マサチューセッツの Fall River にある織物工場にはイギリスのランカシャーから多くの若者が来た。サンフランシスコの造船所にはスコットランドから、石炭の炭鉱にはウェールズからやって来た人が多かった。

アメリカに行って農業を始める者が多かったのはタダで土地を得られたからだ。彼らは西部の豊かな土地に行き、自分で農耕地をつくった。

当時のイギリスで流行った歌。"To The West."

To the West, to the West, to the land of the free
Where mighty Missouri rolls down to the sea;
Where a man is a man if he's willing to toil.
And the poorest may harvest the fruits of the soil.
Where the young may exult and the aged may rest,
Away, far away, to the land of the west.

ある者にとってアメリカは最後の希望だった。1840年代のアイルランドはたび重なる農業の失敗に苦しんでいた。飢えた人たちは祖国を離れなければならなかった。1850年だけで11万7千人のアイルランド人がアメリカにやって来た。彼らの多くはカネがなく教育を受けていなかった。彼らにとって「アメリカ」は魔法の言葉だった。

当時のヨーロッパは厳しい時代を迎えていた。人々はアメリカに行こうとしていた。ある国では移民を手伝う団体がつくられた。以下はあるポーランド農民がワルシャワのそういう団体に宛てて書いた手紙である。

私をアメリカに行かせてください。私はお金がありません。あるのは手と10本の指と妻と9人の子どもです。体力には自信があり、健康です。まだ45歳です。しかしいま全く仕事がありません。ポーランドのいろんな町に行きましたが、稼げませんでした。私は仕事がしたいのです。しかし何ができるというのでしょう。盗みをするつもりはありません。そして仕事がありません。そういうわけでアメリカ行きを希望します。

その後「より良い仕事をしたい」という動機でアメリカに向かう人は減り、「どんな仕事でもやります。仕事をください」という人が増える。それぐらいヨーロッパは不況だったのだ。

あるイギリス人国会議員はこのように言っている。「多くのイギリス人が国を去っていますが、これは彼らが好き好んでそうしているのではありません。必要に迫られてそうしているのです。ロンドンをはじめとして多くのイギリスの都市で人々が飢えて死んでいます。彼らは農業と工業に起きた革命の被害者です」。

小規模農家は消滅して大規模農場に置き換わった。新しい農業機械が人間にとって代わった。そんなわけで大量の農民が他の仕事を探す羽目になった。そして工場へ。工業の成長は急速だったが、仕事を失った人々すべてが職を得るのは急速ではなかった。

次の10年間。イギリス、ドイツ、あるいはスカンジナビアの国々から数百万の人がアメリカに渡った。しかしそれらの国で工業が成長するにともなって雇用が創出された。こうしてアメリカへの移民の流れはいったん小さくなる。

次にアメリカにやって来たのは南欧と東欧の人々だった。ロシアとポーランドの反ユダヤ感情に嫌気が差したユダヤ人たちがアメリカに向かった。

1880年代後半。イタリア南部にコレラが広まる。この病気に対する恐怖がさらに移民を産み出す。

軍拡を嫌って国を去る者もいた。徴兵を逃れたい若者がアメリカに行った。軍拡はコストがかかる。高額になった税金を払いたくない者がヨーロッパを去った。

理由が何であれ人々はアメリカに移住した。この流れはとまらなかった。

新しい移民はこれまでの移民とは違った。彼らは技能がなく、読み書きができなかった。

アメリカの工場主たちは南欧や東欧から来た新顔たちが仕事熱心であることに気づいた。彼らは「仕事がきつい。給料が安い」などと文句を言わない。労働条件の改善を訴えることをしない。労働組合に入らない。ストライキをやらない。

工場主たちは高給与のアメリカ人またはイギリス人労働者に代えて新しい移民たちを使うようになった。経営者たちは新しい労働力をさらに欲しがった。新顔の移民たちにはたらきかけ、祖国の友人や親戚に宛てた手紙を書かせた。「君たちの友人や親戚をアメリカに呼び寄せなさい。仕事ならたくさんありますよ」

そういう手紙がさらに多くの移民を呼び寄せた。新しい労働者をアメリカに連れてくる大規模な蒸気船会社もあった。それらの会社はヨーロッパ中の代理人たちに報酬を与え、アメリカ行きのチケットを売らせた。蒸気船はヨーロッパに行くときは穀物を積み、アメリカに戻るときは移民を積んできた。

数百人または数千人単位で移民が蒸気船でやって来た。ヨーロッパのありとあらゆるところからやって来た人々。ある者はニューヨークにとどまり、ある者は東部の都市に向かい、またある者は西部に向かった。ペンシルベイニアの鉄鋼工場、ウェストバージニアの炭鉱、ミシガンの製材キャンプ、シカゴの家畜飼育場あるいは食肉工場。

1年とたたないうちにアメリカの非熟練労働に携わるのはほとんどが外国人労働者になってしまった。アメリカ人労働者たちは抗議の声をあげるようになった。移民の洪水をとめよう、と要求した。

移民を呼びかける人たち

以上がVOAの記事の引用というか翻訳だ。

オイラは外国人参政権と移民の問題を政治問題だと思い込んでいる国士様(笑)の政治ゴッコには全く興味がない。現代日本で移民の必要性を訴えているのは誰なのか。松下政経塾だけでなく自称「保守」の人たち(清和会とか「たちあがれ日本」とか)の中にもそういう手合いがたくさんいる。本当の保守は彼らを監視しなければいけない。

細かい部分は違うが、おおざっぱに言えば今の日本は「移民」という問題について19世紀後半欧米を再現しようとしている。1度目は悲劇だが、2度目は喜劇だぜ。

関連

ナチスを阻んでいるのは天皇制である

ヨーロッパでは不況で失業者が増えると外国人や移民に対する暴力事件が増える。日本にも似たような事件を起こしている人たちがいるが、笑ってしまうほどチキンな野郎ばかりであり、これまでがそうであったように今後も民意を得られるとは思えない。この国で民族主義者が多数派になることを阻んでいるのは意外なことに天皇制ではないか、と思う。

ナチスは敗戦国ドイツを救ったのに、オマイラときたら…

たとえば産経のこの記事。「“ごね得”許した「派遣村の品格」 費用は6千万円大幅超の見込み (1/2ページ) - MSN産経ニュース」。1年前も似たようなこと書いてたね。増え続ける失業者をどう処遇すべきか、を語ろうとせず批判だけして、弱者間の対立を煽ってある種の層の人たちのガス抜きに躍起になるイエロージャーナリズムに私は今さら何も期待しない。

遺憾ながらわが国の右翼、民族主義者も同じ穴のムジナだ。「失業者をオルグしている右翼がいる」という話は全く出てこない。彼らは失業者問題をなんとかしようとは思っていない。この国を救おうとはこれっぽっちも考えていない。自称「民族主義者」は多数派になろうという努力を一切やっていない。

ナチスは失業者を減らした。敗戦国ドイツの国民を飢餓から救った。そうして労働者の支持を共産党から奪った。これと同じようなことを日本の自称「民族主義者」たちはなぜやらないんだろう。今がチャンスなのに。まあ、やる気がないんだろうね。

幕末の攘夷派は開国派に負けた。二・二六事件の青年将校たちは「叛乱軍」呼ばわりされた。経団連を襲撃した野村秋介はピエロになってしまった。彼らが本当の意味で右翼、民族主義者だったかどうかはともかく、どうやらこの国で民族主義を強く訴える者が多数派になる時代は今後も来そうにない。

天子様に姓がない理由

で、その理由をあれこれ考えていたら天皇制にたどりついた。池田信夫さんは「天皇は超法規的存在ではない」と至極合理的で正しいことをおっしゃるけど、普通の庶民の感覚からかけ離れた意見に思えてならない。「天子様は法を超えている」というのが明治以前からの日本人の考えであり、人間宣言以後もこの感情は消えていない。

天皇には苗字がない。戸籍もない。選挙権もない。訴訟を起こす権利もない。法を超えている。

なぜ天皇には苗字がないか。仮に彼が「鈴木」姓を持っているとしよう。全国にあまたいる鈴木姓の人たちは喜ぶかもしれない。しかし鈴木姓ではない人たちは喜ばないだろう。そして天子様は不公平なことがお嫌いだ。彼は日本人を統合する役割を果たされている。特定の人たちにだけに支持されることは断じてやってはいけないのだ。これは想像だが、だから天皇は苗字を持つことをある時期から禁じられたのではないか。

これまで右翼民族派は日本では多数派になれなかったし、これからもそうだろう

このような天皇制のあり方はすべてを丸く治める方向に行く。パソコンの前にすわって「対馬」だの「ミンス」だのと吠えている自称「国士様」は論外だが、「レイシスト」と罵倒されるほど積極的に活動している在特会ですら民意を得られないのは、ある種の力が作用しているからだ。すべて天皇制が原因ではないか、と思った次第。

江戸時代。当時の日本人の多くは天子様の存在すら知らなかったろう。もめごとになりそうなことを企てる者が現れると誰かが「天子様がお許しにならないぞ」と言ってとりなす。言われた者は天子様の存在を知らなくてもなんとなくその言葉の意味を理解してしまう。そして物事が丸く収まる。かくして幕末の攘夷派も昭和の青年将校も矛を収めた。

「天皇は超法規的存在ではない」という正論に納得してしまう人たちは天皇制がなぜ今日まで生き残っているのかを考えたことがあるだろうか。この国は天皇を必要とし続けた。だからこの国にナチスが台頭することはないし、右翼民族派が多数派になることはない。私の個人的な感情としては在特会などが民意を得られないのは非常に残念だ。でも仕方ない。

地震で亡くなった人のこと

このことは既にサッカー関係の各種電子掲示板で周知の事実だし、中日新聞が報道したので、書きます。

ワンルームに蔵書1000冊

 静岡・震度6弱地震により、マンションの自宅で崩れた本の下敷きになって死亡した静岡市駿河区、会社員池本美和さん(43)は、仕事熱心でサッカー好きの女性だった。漫画本を読むのが好きな一面もあった。

 静岡南署や知人らによると、池本さんは父親が経営する葵区内の不動産会社に勤務し、事務を担当していた。独身で一人暮らしだった。

 勤務先の同僚は「仕事態度はまじめだった。ここ1年間は、1日も欠勤していないと思う」と、熱心に仕事に取り組んでいた池本さんを悼んだ。「サッカーが好きだった。清水エスパルスのファンクラブにも入っていて、休日にはよく試合観戦に行っていた」と振り返る。

中日新聞:静岡の地震 本の雪崩凶器に 独居女性下敷きで窒息死:静岡(CHUNICHI Web)
この女性が運営していたと思われるWebサイトがこちらです。最終更新日はあの地震が起きた日の2日前です。人違いであれば本日から3日後(8月16日)に行われる清水の次節の試合後に更新があると思います。
Forza Shizuokan!

サイトマップ」を見て泣きました。たった一人で趣味としてここまで質が高くて大規模なWebサイトを構築なさったとは信じがたいことです。「自己紹介」ページを拝見した感じでは、私がサッカースタジアムや街中でこの女性を見かけていた可能性は高いです。

話は変わりますが、高名なブロガーの方々が「緊急地震速報ボット (eewbot) on Twitter」とか「YouTube - 2009年08月11日 緊急地震速報」などを紹介なさっているのをありがたく拝見しました。しかしある地域で大地震が起きる場合、そこから遠く離れた地域には「1分後に揺れが来ます」と知らせることはできますが、地震発生地域には間に合いません。大地震が起きるであろう地域に住む人たちにとって最も優先順位が高い行動はそういう情報を得ることではありません。重要なのは地震発生直後に身を守ることです。「先ほどの地震の震度は…」なんてTwitterで知っても、被災直後の人たちにとっては全く意味がありません。

  • 家の中。崩れそうになるものを高い場所に置かない。特に寝室には本棚など凶器になりうる家具を置かない。それが無理なら建物の揺れる方向を考えて家具を配置する(下の図)。あるいは家具を壁に固定する。
  • 揺れを感じたら頭を守る。歩行困難になるほど揺れが強い地震の場合、石油ストーブやガスコンロの所にたどり着く前に食器戸棚の下敷きになるかもしれない。そうなったら火災から逃げられなくなる。火を消すよりも先に自分の身を守るべし。
  • トイレなど狭い部屋が逃げ場所になりうる。鏡という凶器がある浴室は安全だとは限らない。
  • 海沿いにいた場合、揺れがおさまったら高台に逃げて津波を避ける。津波の速度は新幹線よりも速い。

建物と揺れの関係を示した絵

あの地震で震度6の揺れを数分間体験しましたが、正直に言うと死を覚悟しました。わが家はこれといった被害を受けませんでしたが、それでも巨大な冷蔵庫の位置が約10cmずれたのを見たときは肝を冷やしました。この記事を書いてる途中でも余震が来て、そのたびに冷や汗をかいてます。亡くなった方には謹んで哀悼の意を表します。

地震なので海の様子見てくるノシ

こっちは震度5強だったらしいです。だいじょーぶ、オイラは生きてます。本棚の本が散乱したり、食器棚の中のものが飛び出したり、部屋の家具などがメチャクチャずれちゃったけど、命に別状はないです。

静岡、ワッショイ、ワッショイ♪

御前崎の風力発電が借金をかかえたまま停止中

原子力発電とか太陽光発電とか、コストが高いわりに元をとるのが難しいんだよね。それから風力発電。

風力発電の写真
wind mill on Flickr - Photo Sharing!
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上の写真は下の静岡新聞の記事とは関係ない。

07/24 14:58

 県が御前崎港(御前崎市)で5年前に稼働を開始した風力発電施設「ウインクル」が、昨年12月から停止していることが24日までに分かった。落雷が原因で故障したとみられる。県御前崎港管理事務所は「県内で風力発電のシンボル的存在。早急に復旧させたい」としているが、約4000万円とされる補修費の確保や専門技術者の手配などハードルが高く、復旧のめどは立たない。
 同事務所によると、ウインクルはデンマーク製で、2004年3月に4億5000万円をかけて完成した。定格出力は1950キロワットと当時としては国内最大級。当初、地球温暖化対策の一環で「エネルギー自給型港湾」を目指すとしていたが、電力系統などに課題があり方向転換、発電した電気を電力会社に「売電」して収入を得る一方、港湾で使う電気は電力会社から別に買っているという。
 落雷を受けた可能性があるのは昨年12月5日。動いたり動かなかったりを繰り返した後、同28日に完全停止した。心臓部分にあたる発電機が焼損したためだった。
 メーカー側の保証期間は既に過ぎ、補修費約4000万円の財源は保険金や県の“自腹”(公金)など限られる。保険金は補修費の5割前後を確保できる見通しだが、残りをどう工面するのか、さらに、海外からの部品調達や専門技術者の手配などが必要になるという。
 売電収入は04年度に約5700万円と出足好調だったが、保証の切れた06年度から故障すると部品調達に時間を要するなどで稼働停止期間が長くなり、売電収入は減少傾向。08年度は1377万円にとどまり、09年度は「0円」の状態だ。売電収入が入らないと、建設費のうち県債(借金)約2億6000万円の償還も計画通りに進まず、県は対応に苦慮している。
 県内で現在稼働している風力発電施設は官民合わせて計14カ所24基(ウインクル含む)。今後、11カ所95基の建設が予定されている。

静岡社会:風力発電7カ月停止中、補修に障壁 御前崎港 - 静岡新聞】

静岡というと、霧が出やすいせいで使えない時間帯が多く、先日開港したばかりなのに大赤字決定の静岡空港(別名、死蔵化空港)が大きな話題になってる。でもって、この御前崎の風力発電停止のニュースは地味なせいか全国ニュースでは今のところ取り上げられていないようだ。似たような話は全国各地に埋もれているんじゃないかなぁ。

御前崎の風力発電停止のニュースをオイラがまとめてリストにしてみた。

  1. 「ウィンクル」という風力発電所が5年前から静岡県の御前崎港で稼動開始。所有者は静岡県。定格出力は1950キロワット。2004年当時では国内最大級。
    • 建設費は4億5000万円。
    • そのうちの約半額つまり約2億6000万円は県債。
  2. 初年度の売電収入は約5700万円。
  3. メーカー保証は2年。保証期間が過ぎてから稼働停止期間が長くなり、売電収入が徐々に減少。
  4. 昨年(2008年)故障。完全に発電停止。現在に至る。
  5. よって今年度(2009年度)の売電収入は0円。
  6. 補修費は約4000万円。そのうちの半額は保険金でまかなう。残りは県の公金で負担する羽目になったんだけど、まだ執行されていない。
  7. 売電収入が0円なので県債(約2億6000万円)の償還が遅れている。しかし復旧のめどが立っていない…

こういう言い方はしたくないけど、人間で言えば、莫大な借金をかかえた人が病気で倒れて働けず無収入の状態。そしてそれが半年以上続いている。

補修費4000万円を工面して今すぐ復旧したとしよう。しかしすぐにまた故障して停止 → 多額の補修費で復旧 → 停止 →(中略)→ 解体…という未来図が見えてくる。電気を売って得た収入は初年度の約5700万円が最高。施設は老朽化していくわけだから稼動停止期間が増え、売電収入は徐々に減っていくだろう。逆に単年度あたりのメンテ費用は上昇する一方になる。ちなみに風車の耐用年数は一般的に20年未満(未確認)らしい。

風力発電で得られた電気を無理やり買わされてきたのは中部電力だろうけど、風力発電が停止すると東海地方の電力事情が逼迫するというわけではない。静岡県にとって御前崎の風車は単なる「シンボル」。だから気前よく補修費をばんばん出すわけにはいかないのだ。

ドイツでは民間の家にソーラー発電装置を備えつけることが当たり前になっているらしいけど、ペイできる前に故障して使えなくなることがないのか、人ごとながら心配。

かくして保守は死滅する

こいつらは今ごろになって何を言ってるんだ

保守派の総合雑誌として長きにわたって親しまれてきた文藝春秋の「諸君!」が廃刊になるわけだけど、そのことの深刻な意味をしみじみと思い知らされるお寒い鼎談。
「悪法」推進議員は誰だ!(1)  八木秀次(高崎経済大学教授)、花岡信昭(ジャーナリスト)、百地 章(日本大学教授)(Voice) - goo ニュース

おおざっぱに言うと、自民党と民主党が共通の利害で野合し、そこに公明党が加わり、日本の国益を切り刻んでいく政治を嘆いている鼎談だ。

八木 この国籍法改正の問題は1000万人移民計画と平仄が合う気もします。2008年6月12日に、自民党の外国人材交流推進議員連盟が今後50年間で1000万人の移民を受け入れる提言をしましたね。この議連の会長は中川秀直氏、副会長は杉浦正健氏、事務局長は中村博彦氏で、衆参合わせて80名ほどの議員が参加しています。

国籍法改正、1000万人移民計画に共通する狙いは、国民概念の相対化であるように思われてなりません。移民をたくさん受け入れて、日本を多民族国家にする。移民を大幅に緩和して、中国系日本人や、韓国系日本人、フィリピン系日本人などが多様に存在する多民族国家への方向をめざすことこそ、多文化共生で進歩的だと思っている人が意外とインテリに多い。

そして、そのような考えをもつ学者や役人が結託して暗躍している。血統的な意味で日本人であることを大事にしようと発言すると、途端に排外主義者というレッテルが貼られます。

「悪法」推進議員は誰だ!(2) 八木秀次(高崎経済大学教授)、花岡信昭(ジャーナリスト)、百地 章(日本大学教授)(Voice) - goo ニュース

この人たちは今さら何を言っているんだろ。ことの発端は小選挙区制の導入であって、保守派の知識人はそれに反対しなかった、あるいは阻止できなかったのにね。

  • 中選挙区制を廃止したから2世3世議員がばんばん誕生するわな。
  • オボッチャマ議員はカネに困らないから汚職事件に関与する可能性は少ないわな。
  • かくして松下政経塾出身者のような新しいタイプの政治家が保守政党(特に民主党)に跳梁跋扈するわけだ。
  • おおざっぱに言っちゃうと、新しいタイプの政治家は日本の古い文化を犠牲にして外国との交流を積極的に推し進める人たちだ【後注】

後注

ここで言う「外国との交流」というのは、移民の受け入れ、外資の受け入れ等だけでなく、「外国への進出」も含む。厨房レベルの論文で失笑を買った田母神俊雄が国際交流マンセーの売国であることは言うまでもない。

「国のためなら政敵を暗殺するのは当然だ」と平然と言える政治家がいなくなってしまった現代ではある

政治というのは汚い部分がつきものだ。違法行為、脱法行為を全くやっていない企業やサラリーマンがいないのと同じように、政治家というのは汚れた闇の世界に積極的に関与しなければならない場面が絶対ある。1人の命を犠牲にして100人の利益を守るべきときもある。必要とあらば政敵を暗殺することも許される。っていうか、この世の汚い部分にふれずに育ってきた清廉潔白な2世3世議員に支配される政治を想像しただけで寒気がするよ。「クリーン」な政治家がすばらしい政治をやってくれると思い込んでいる愉快な人たちは日共に投票すればいい。

国会議員は週末になると地元に帰る。後援者の会合に出席し、冠婚葬祭にも顔を出さないといけないし、地元企業とのつながりを得ていないとやっていけない。地元企業も「先生がた」に頼っている。かくして地元の経済や文化が衰退せずにすむ。こういうのを「古い政治」だとか「腐敗」だとか「既得権益を守るため」と呼ぶのはいっこうにかまわないけど、こういう活動が地方の利益、日本の国益を守ってきたのは紛れもない事実だ。

白河の清きに魚の棲みかねて…

小沢一郎の秘書が違法献金で逮捕された件。世間の反応を見てると、こういう汚れた世界にふれたことがない無菌培養の国民が増えてしまったということを強く実感する。国益を守る政治が衰退し、ネトウヨ脳向けの政治家の発言が喝采を浴びる現状。保守の牙城だった「諸君!」が廃刊になるのも当然だわ。保守派の論客、渡部昇一、西部邁、西尾幹二らにかつての勢いがなくなってきたのも同じこと。

「ゆとり」という言葉は本当は使いたくないけど、ゆとり世代が増えてきたというより、老若男女を問わずゆとりになってしまったんだろうね。清廉潔白な2世3世議員を選挙で落とさないとこの流れはとまらないよ。

インドネシア人介護士を受け入れてはいけない

なぜかあまり話題にならないインドネシア人介護士受け入れの問題

最近インドネシアから日本にやって来た介護士のニュースをよく見る。テレビや新聞では当たり障りのない世間の人たちの反応しか出てこないので、ネットで調べてみた。しかしあまり話題になっていない。2ちゃんねるですらスレッドがほとんど立っていない。

グローバリズムですか、そうですか

過去の内閣が介護の現場に外国人労働者をいかに積極的に受け入れようとしてきたか。例として、みんなの大好きな安倍晋三氏が総理大臣をやっていたころ、規制改革・民間開放推進会議が2006年に答申した「規制改革・民間開放の推進に関する第3次答申」を見てみよう。

外国人介護福祉士の就労制限の緩和

現在、外国人が社会福祉士及び介護福祉士法(昭和 62 年法律第 30 号)に基づいて我が国の介護福祉士の国家資格を取得しても、出入国管理及び難民認定法(昭和26 年政令第319 号)にはその資格を有していることのみを要件として認められる在留資格は規定されていない。また、留学生として我が国の大学の福祉系学部を卒業した外国人が、介護の業務を本邦において行うことは認められていない。

一方、介護福祉士の受入れに関しては、フィリピンとのEPA(Economic Partnership Agreement:経済連携協定)において、介護福祉士国家試験受験コースでは『フィリピンの介護士研修修了+4年制大学卒業』又は『看護大学卒業』を要件とする候補者を、介護福祉士養成施設コースでは『4年制大学卒業』を要件とする候補者を、それぞれ在留資格「特定活動」で我が国に入国・在留させて日本語研修を実施することに加え、前者については介護研修・就労、後者については養成コース受講の便宜を図るとされた。また、インドネシアとの間でも、介護福祉士候補者による一定の条件の下での我が国における研修・就労について大筋で合意している状況にある。

平成 12 年の介護保険制度発足以来、介護サービスを受けることができる要介護(要支援)認定者数は毎年増加を続けるなど、介護分野は今後も労働力需要が高まると予想される一方で、他の分野との比較において高い離職率を示してもいることから、サービスレベルを充実させる質の高い人的資源を確保する観点より、また、留学生の我が国での就職を支援する観点より、我が国の産業及び国民生活に与える影響その他の事情を勘案しつつ、外国人介護福祉士の受入れを検討し、結論を得るべきである。

規制改革・民間開放の推進に関する第3次答申 (PDF)】

同じく安倍氏が総理大臣をやっていたころ提出された経済財政諮問会議の報告書。

構造改革の加速の緊要性

耕作放棄地の増大、農業従事者の急速な高齢化が進展し、農業総産出額が長期にわたり低落するなど我が国農業は負のスパイラルから抜け出せず、我が国農業・農村は危機的状況にあると認識すべきである。農業の構造改革の加速は喫緊の課題であり、これは地域の振興、消費者の利益の観点からも重要である。また、これにより我が国農業のグローバル化への対応も強化され、その結果として EPA の加速が可能となると考えられる。

【中略】

農業に従事する外国人の位置付け

現在、農業分野における外国人の位置づけとしては、在留資格上「研修」に位置づけられ、就労が認められない研修生と、「特定活動」に位置づけられ、雇用関係に基づき農業技能実習に従事する技能実習生がある。農業には、農閑期と農繁期の存在等、農業分野に特有の課題があり、農業の実態に即した制度の見直しを行うべきである。また、農業労働は単純労働ではなく、相当な専門技術及び専門的な知識を必要とする労働であることから、将来的には、専門的技術的労働として、「農業労働」を外国人の在留資格の一つとして設けることも検討すべきである。

グローバル化改革専門調査会第一次報告 (PDF)】

農業とか介護とか、労働条件が悪いわりに報酬が少ない仕事は外国人におまかせですね、わかります。

大陸との関係を切れない理由を邪推する

話は少しそれるけど、農業の話。以下は邪推。

  • 毒入り餃子が嫌なら中国からの農産物や食品の輸入を禁止もしくは厳しく制限すればよい。
    • でも日本の農産物は高いから、日本の底辺の人たちを「生かさず殺さず」の状態にしておくにはそんなことはできないわけだ。
    • 中国との貿易で稼いでいる日本企業の利益を損なうから、厳しい措置をとれないわけだ。
  • そしてマスコミが「中国野菜は危険です」と喧伝し、ある種の層の人たち向けに媚(こび)を売って「ガス抜き」をやり、しかしときどき「でも外国産の農産物は安いから消費者も大歓迎ですよね」とさりげなくつけ加えるわけだ。
  • やがてイオングループあたりが農業法人をつくり、外国人労働者に日本の農地で働いてもらい、「安全な国産の農産物です。しかも安いですよ」とやるわけだ。

いわゆる「愛国者」のみなさんはなぜ発言しないんですか?

介護の話にもどす。
インドネシア人介護士の問題について、「そのうち参政権をよこせ! なんて言いかねないぞ。いいのか?」という主旨の意見をどこかで見かけたけど、こういう声は驚くほど少ない。中国が「なぜインドネシアを特別扱いするのか?」って言ってくる事態をネトウヨ脳たちですら想像できないわけだ。

私は、外国人労働者をばんばん受け入れてはいけない、と思ってるけど、なぜ受け入れてはいけないのか、という説明はうまくできないので説明しない。申し訳ない。

しかしながら、日ごろ、「在日韓国人に参政権を与えるべきではない」とか「国籍法改正に反対しましょう」などと勇ましいことをおっしゃっている人たちは介護や農業の外国人労働者の問題についてあまり発言なさっていないようだ。これが不思議でしょうがない。弁が立たない私にかわってこの人たちに熱弁してもらいたいんだけどね。

後ろめたいんですか?

  • この問題にふれたがらないのは、ひょっとして後ろめたいからですか?
  • 自分たちは手が汚れない、給料の高い仕事を続ける。でも農業や介護は派遣を打ち切られた人たちや外国人のみなさんにお願いしますってことですか?
  • 多くの外国人が日本に定住して日本の国益を損ねることがあっても、多少は見逃すということですか?

「インドネシアは親日だから良い」なんて寝ぼけたことを言ってるバカはいないと信じたい。日本にいる外国人に親日も反日もない。外国人はすべて「敵になりうる人たち」なのだから。

じゃあ、おまえに妙案があるのか、と言われると困る

介護の仕事をやってる人たちの掲示板を読んだことがない人は一度読んでみるといい。「絶望」ということばの本当の意味がわかるから。正直に言うと、この問題に関しては良い代案がない。「給料をもっと上げて若者が働きたいと思う職場環境をつくるべきだ」としか言えない。財源をどうする、と言われても困る。だからといって、「財源がないから安上がりの外国人労働者を使おう」という安易な発想は到底納得できない。

関連

2009年02月14日追記

移民1,000万人か。亡国政党のみなさん、必死だね。

移民1000万人受け入れを 自民議連提言

2008.6.12 19:48

 自民党有志の「外国人材交流推進議員連盟」(会長・中川秀直元幹事長)は12日の総会で、人口減少問題を解決するため、50年間で「総人口の10%程度」(約1000万人)の移民受け入れを目指すことなどを盛り込んだ提言をまとめた。自民党は13日、国家戦略本部に「日本型移民国家への道プロジェクトチーム」(木村義雄座長)を設置し、提言をたたき台に党内論議をスタートさせる。

 提言は、50年後の日本の人口が9000万人を下回るとの推計を挙げ「危機を救う治療法は海外からの移民以外にない。移民の受け入れで日本の活性化を図る移民立国への転換が必要だ」と断じ、人口の10%を移民が占める移民国家への転換を求めている。

 具体的な政策としては、法務省、厚生労働省などに分かれている外国人政策を一元化するため「移民庁」設置と専任大臣の任命▽基本方針を定めた「移民基本法」や人種差別撤廃条約に基づく「民族差別禁止法」の制定▽外国人看護師・介護福祉士30万人育成プラン▽永住外国人の法的地位を安定させるため永住許可要件の大幅な緩和-などを盛り込んだ。

移民1000万人受け入れを 自民議連提言 - MSN産経ニュース

親の死刑を望む理由、望まない理由

死刑囚の遺族

死刑囚が死刑を執行されたら、その家族は「遺族」になるわけだ。凶悪犯罪者には重大な罪があるけど、その家族には何の罪もない。

日本では今まで「凶悪犯罪者に殺された人の遺族の人権」が不当に軽視されてきた。だが「死刑囚の遺族」の場合は軽視されてきたというより、その存在そのものが無視されてきたと言っていいかもしれない。この問題は闇の部分というかタブーなんだろうね。取材の申し入れがあっても遺族は語りたくないだろう。今後も彼らの存在に気づく人はあまりいないだろうね、残念だけど。

死刑を執行する刑務官の心情

近代国家は仇討ちを禁止した。仇討ち合戦の無限ループをなくしてそのツケを刑務官に回したわけだ。死刑囚の遺族が刑務官に仇討ちしたいという気持ちはおそらくないと思う。

実際に死刑を執行する現場の人たちの気持ちを考えると、私は心が痛む。好きでこんなことをやっている人がいるわけがない。ボタンを押すとき彼らが思うのは「社会正義」だろうか。「仕事だからしかたない」という諦念だろうか。

この「心が痛む」という感情については本エントリの最後にもう1度ふれる。

家族や恋人が死刑を求刑されたら?

自分の親、息子、娘、あるいは恋人が死刑間違いなしの凶悪犯罪をやったとする。まだ逮捕されていない。死刑になるのがわかっていても自首をすすめるか、という問題がある。やがて裁判が始まる。かけがえのない人の死刑判決を望むか、という問題がある。

自分がその立場だったら、逮捕される前に心中を考えるかもしれない。あるいは死刑が執行された日に自分もあとを追って自殺するとか。うーん、わからないね。

賛成はしないが、容認する

かつて私は死刑反対論者だった。あるときを境に賛成論者になった。今はどちらでもない。心中を考えるぐらいだから、あえて言えば「消極的な死刑容認派」か。そして裁判員制度が始まった。

関連

穢れとしての死、正義の殺人

以上は私自身の感情について述べただけ。感情論だ。死刑をめぐる議論はとかく感情論になる。なぜか。その多くが「復讐したい」「死刑にするのはひどい」という、ごく自然な感情にもとづいて発言しているからだ。

以下は本来なら別エントリにすべき問題だけど、大事なことなので書いておく。

「死刑を執行する人たちの心情を考えると、心が痛む」という感情は多くの日本人が共有できる。「死神」呼ばわりされた鳩山邦夫元法相にしても同じで、「極刑を実施するんだから、心境は穏やかでないが、どんなにつらくても社会正義のためにやむを得ないと思ってきた」と苦しい胸のうちを語っている。鳩山氏だけでなく、氏の心中を察する人たちもやはり同様に心が痛む。

では私たちはなぜ心が痛むのだろう。「復讐したい」「死刑にするのはひどい」という相反するかのように見える感情は何に由来するのだろう。

『鳩山法相の死生観』を真剣に読めば死刑問題がわかる その1 神は細部に宿り給う
『鳩山法相の死生観』を真剣に読めば死刑問題がわかる その2 神は細部に宿り給う
『鳩山法相の死生観』を真剣に読めば死刑問題がわかる その3 神は細部に宿り給う
『鳩山法相の死生観』を真剣に読めば死刑問題がわかる その4 神は細部に宿り給う
『鳩山法相の死生観』を真剣に読めば死刑問題がわかる その5 神は細部に宿り給う
『鳩山法相の死生観』を真剣に読めば死刑問題がわかる その6 神は細部に宿り給う
『鳩山法相の死生観』を真剣に読めば死刑問題がわかる その7 神は細部に宿り給う
この感情について鋭く分析した意見。「人や畜生を殺すのは常に穢れである」という文化。「正義の殺人(死刑や戦争を含む)もあるのだ」という文化。悔い改めなくても極楽浄土に行けるという考え。悔い改めないと地獄に落ちるという考え。イスラエルとヨーロッパと日本は死をどう考えてきたか。

年が明けても自称愛国者たちは惰眠をむさぼる

これだけ景気が冷え込み、住む家を失っている人たちが増えているにもかかわらず、自称「愛国者」たちの動きは鈍いね。「嫌韓」だの「国籍法改正案」だのやってる暇があるなら、今まさに死につつある自国の国民をいかにして救うかの議論をもっとやったほうがいいのに。「人気ブログランキング」の「政治」カテゴリ http://blog.with2.net/rank1510-0.html の上位にあるゴミブログをいくつかざっと読んだけど、ひどいもんだわ。

全く期待してないけど、維新政党・新風のWebサイトをのぞいてみたけど、これまた読む価値なし。

asahi.com(朝日新聞社):派遣切り、限界集落…そこに「共産党」―ルポにっぽん - 政治
彼らはこういうのを見て歯がゆく思わないのかな。どうせ暇なネトウヨ脳たちがこの記事が本当かどうか検証してるんだろうけど、ご苦労なことだね。そんな暇があるんなら…

国を守るっていうのは国民を救うことじゃないのか。日共がやる前にあなたたちがやるべきじゃなかったのか。「貧困の問題をイデオロギーの問題にしてしまったのが不幸の始まり」「年越し派遣村で憲法改正反対を訴える連中がいる」などの寝ぼけた屁理屈はどうでもよい。とりあえず彼らを救う方策を語ってくれ。飢え死にするかもしれない彼らを救う道を探ってくれ。マルクスが「ドイツ・イデオロギー」を書くよりはるか昔から貧困の問題はあったんだ。

「愛国」を訴える政治家や政治活動家にとっては今こそが勢力を拡大する好機だ。ナチスがやったようなユダヤ人狩りや共産主義者狩りを真似てもらっては困るけど、「飢えている人をとにかく救う」という、たったこれだけのことを実現するために何らかの行動を起こしてくれれば彼らの株もはね上がる。とにかく行動あるのみ。この千載一遇の機を逃してどうする。

年が明けても彼らは呑気だ。いずれ「愛国」「保守」という看板が嘘であることがばれてしまうのに。ネトウヨ脳たちだっていつかはそのことに気づくのに。

毎日新聞とWikipediaと旧世界

元厚生事務次官夫婦と元厚生事務次官の妻が殺傷された事件で毎日新聞がとんでもない誤報をやった件。Wikipediaの中の人の発言。
“Wikipediaに犯行を示唆する書き込み(犯行予告)”とか毎日が誤報しやがった件について考えてみる - 蒼い海の中に溺れる

犯人と勘違いされた例の人は精神的にまいっているらしい。これ、冷静に考えてみると、人ごとじゃないね。

ネット上の人間を新聞で誤って犯罪者扱いしても、後で事実を訂正すりゃことが済まされる。ネット上での動きはあまり報道されないから、被害者のその後はほとんど注目されないと思うんだ。これが実社会なら記者が食い付いて記者を作るのにねぇ…。あと前例がないからお詫びしなくてもネット社会の外で大した問題にならない…ってのも関係ありそう?

濡れ衣着せられてもお詫びは来ない - 蒼い海の中に溺れる

ネットの中のことだからたいしたことではないと世間では見られている、という視点は重要。もう多くの人は忘れちゃっただろうけど、いつのまにか(今年6月11日)インターネット規制法案が本当にあっさりと与野党一致で可決、成立してしまったのも、こういう風潮が背景にあったことは間違いない。

ネットをとりまく空気は冷たい。しかし、だからといって「iPhoneの使い方がわからない!」とブログで愚痴った森公美子さんのような人たちが住まう世界を「旧世界」と呼ぶような人間にはなりたくないね、絶対に。
旧世界の人々に繋がるための「アルファブロガー」という肩書き - 狐の王国

狐の王国さんは「新世界」の人ですか、ほー。「旧世界の人々」なんて失礼なことを言ってたら、彼らと「繋がる」日は永久に来ないと思うけどね。

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