ArtSaltのサイドストーリー

音楽、フリーウェア、WEBサービス、食べものなどに関する日記。トラックバック、コメント歓迎。

Firefox3.6のアドオン互換性チェックを無効にする

本日(日本時間2010年01月22日)Firefox 3.6 が公開された。今まで使っていたテーマが使えなくなった。いくつかの拡張も使えなくなった。UserChrome.css の指定が一部効かなくなった。解決策を調べようにもkeyconfigが動かなくなったのでFirefoxが使い物にならない。しかたなくOperaでぐぐった。

新設定はFirefox 3.6において実装され、たとえば「extensions.checkCompatibility.3.6」という項目ができることになる。この値をfalseにすると、セキュリティアップデートを経ても、Firefox 3.6.xを利用中はアドオンの互換性が無視されるのに対し、Firefox 3.7へとバージョンアップしたときは、互換性のチェックが再度働きだす。

実際には、より細かな分類があり、「extensions.checkCompatibility.3.6a」や「extensions.checkCompatibility.3.6b」といった項目も設けられるので、Alpha版やBeta版のユーザーは、互換性チェックをオフにしておきたいなら、製品版のユーザーよりも頻繁に設定を変更する必要がある。

Firefox 3.6からextensions.checkCompatibilityの仕様が変更に - Mozilla Flux

正式版なら extensions.checkCompatibility.3.6 というboolean項目を新規に作成して false にすればいい。これで拡張とテーマの互換性チェックを無効にできる。ありがとう、Mozilla Flux さん。

Firefox 3.6 には Plugin Check と言って、Adobe Flash Player などのプラグインが最新かどうか調べる機能がある。これは素晴らしい。ぜひとも他のブラウザも真似してほしい。

日本人は何でも金で解決する人たちと思われている?

「日本人は無神論者でしょ? それなのに犯罪がキリスト教国よりも少ないのはなぜ?」という質問と回答。自称「情強」が集う2chまとめサイトに掲載されて話題になった。Best Answer がちょっと無視できない内容だったんだけど、出典の Yahoo! Answers をちゃんと読んだ人がどれだけいるんだろう。以下はその Best Answer になった回答の引用。翻訳の精度は保証しない。

そう、あなたの認識は違うよ。ほとんどの日本人は無神論者ではない。他の人たちも言っているようにほとんどの人は仏教徒または神道だよ。

私は日本在住のアメリカ人だ。キリスト教国の犯罪が日本より多い理由はわからないんだけど、日本人の考えは、他者と人生を敬え、ということ。彼らは、謙虚たれ、人を敬え、協調せよ、他者を助けよ、と教育されている。

日本に来た当初、私は、個性的たれ、自分のことを考えよ、と教えられてきた典型的なアメリカ人だった。今は大勢の日本人たちの知り合いがいて、一緒に働いている。そのうち気づいたよ、日本の人たちはちゃんと挨拶するってことに。「おはようございます」とじっくり言う時間をつくる。ちょっとしたことで助けを必要としている人を助ける。そのような行動がみんなにどういう影響を与えるか、だんだんとわかってきた。日本人には思いやりの心があるんだ、アメリカ人よりも。

妻は日本人だ。彼女が私に、これを言ってくれ、と言うんだ。それは何かというと、日本人はうぬぼれを恥じるということ。この国では自分の才能や能力を自慢するのは良いことではないんだ。自分のことを自慢するのは、自分は他の人よりも優れている、と宣言するようなもんで、他の人に穏やかならぬ感情をいだかせる。日本人は物事を公平に扱い、波風を立たせないようにしている。不愉快なことがあっても我慢しろ、と教育されている。そのうち状況は変わるんだから少しぐらいのことは我慢しましょう、ということだ。

アメリカ人は、主張せよ、と教育される。そして頻繁に不満を言う。アメリカ人の個人主義的な思考では、「自由」とは、望むことはなんでも実現できること。他の人が何を思い、どう感じているかを省みないのさ。日本ではこういう考えは自己中心的だと思われている。自己中心的なことは悪なんだよ。日本人は両者が満足できる妥協点を探そうとする。他方、アメリカでは妥協できるところを探そうとはせず、どっちが正しくてどっちが誤りなのか、シロクロはっきりさせたがる。私たちはいつも勝者と敗者を見つけ出そうとする。日本人は「両方とも勝ち」を見つけようとする。

私は5年半ここ日本に住んでいる。日ごとに落ち着いた気分になるし、人を助けてあげようと思っている。日本人の考えのおかげで気分がすこぶる良くなってきた。自分の行動に責任を持ち、他の人を責めることは滅多にしなくなったよ。

ひとつ例を出そう。日本で生活してから4年経過し、アメリカに行ってコンサート会場に出かけたときのこと。私は自分の座席を探していた。人ごみをかきわけてなんとか自分の席をたどりついた。そのとき誰かのビールを蹴っ飛ばしてしまった。もちろん私の立場は良くない。もっと注意を払うべきだったろう。しかしそんなところにビールを置いたら人が通れなくなってしまうじゃないか。ビールを置いた男は言うんだ、「おいおい、俺のビールをどうしてくれるんだ?」。ひどく怒っていたし、攻撃的な口調だった。私は5$を彼に渡し、新しいビールを買ってもらい、「すみません」と謝った。その男はその場でぽかーんとしていた。顔が激昂から驚きと安堵の表情に変わっていったよ。こうして大きなもめごとにはならなかった。

この男と口論し、喧嘩をし、ビール代を払わないことも可能だったろう。しかしもしもそうしていたら彼の隣りの席で長時間不快な気分になっていただろう。それを避けるために自分の非を部分的に認め、少額の出費で「こと」を丸く収めた。これこそが日本人の考え方だ。そしてこれこそが犯罪がものすごく少ない理由だ。

長文失礼。この投稿がお役に立てれば。

I heard most japanese people are an atheist. But why is crime in Japan lower than in many Christian countries? - Yahoo! Answers

この質問に対する回答は多数寄せられているけど、よりによって Best Answer に選ばれたのが、アンタ、これだぜ。褒められているのはいいが、「いさかいごとが起きたらカネで解決」が日本人のデフォと思われていることの証左じゃないだろうね。まあ、Yahoo! Answers はYahoo!知恵袋と同じぐらいトンデモ回答のオンパレードで有名だから考えすぎないほうがいいか。

英語学習者がOperaを使うべき理由、ERA

followingに外国人が多いのでTwitterクライアントTwit経由で海外ニュースを読む機会が最近増えた。キーボードの B を押すとリンクをブラウザで開けるシングルキーショートカットが非常に便利だ。このとき起動するのがいわゆる「既定のブラウザ」。オイラはこれをOperaに設定しているのだが、それには理由がある。英語で書いてあるWebページをパソコンで読むにはFirefoxよりもOperaのほうが良い。Extensible Rendering Architecture があるからだ。

このページを例にして比べる。
German Government: Stop Using Internet Explorer @ Mashable

Firefoxのスクリーンショット。ウィンドウの横幅を狭め、フォントのサイズをかなり大きくしている。

Firefoxスクリーンショット

文字が右横からはみ出てしまい、水平スクロールバーが出てくる。はみ出た部分を読むにはカーソルキー (right arrow) を押してページを水平方向にスクロールしないといけない。

次はOperaのスクリーンショット。同じ条件だが、"Enable mediumscreen mode" というアクションを実行している。具体的はCtrlキーを押しながらF11キーを押す。

Operaスクリーンショット

文字が右横からはみ出ない。だからカーソルキーを押さなくてもテキストを楽々読める。

一般的にアルファベットのフォントは日本人には小さく見える。ページを開いたあとにズームインする必要が出てくる。するとスタイルシートで横幅を絶対値で指定してあるページの場合、文字が水平方向にはみ出てしまう。ウィンドウサイズを「最大」にしてあっても、だ。

あらかじめ最小フォントサイズを大きめに設定しておけばこの問題は発生しにくい。しかし地球上には様々な言語があり、proportionalやらmonospaceやら、ページ管理者のスタイル設定を優先するか閲覧者の設定を優先するか、など、フォント関係の設定は複雑で面倒くさい。

どんなに文字を大きくしていっても文字がはみ出ないようにしたい — こんなわがままに応えてくれるのはOperaだけだ。Firefoxでは絶対できない。これを可能にするアドオンは存在しないし、今後も難しいだろうと思われる。
(Google Chrome とSafariのことはよく知らないが、たぶん無理じゃないかな)

ユーザCSSやらユーザスクリプトやら難しいことは知らなくても、Ctrl + F11 を押すだけでいい。Operaのこの摩訶不思議な技術を Extensible Rendering Architecture と呼ぶ。略して ERA

ふだんはFirefoxやIEなどを使っていても英語学習者がケース・バイ・ケースでOperaを使うべきたった1つの理由があるとしたら、それは翻訳機能とか綴りチェックではない。そういうのは他のモダンブラウザにも実装されているからだ。でもERAだけは違う。Operaだけのものだ。

関連

Twitterで口論、殺人

2日前に起きたTwitter殺人事件。たぶん日本では報道されていないので1月10日付けの Daily News の記事 "Twitter becomes key evidence in case after Jameg Blake charged with murdering friend, cops say" に書かれている事件の大雑把なあらましをここに抜き書きしてみる。

  • 事件が起きた場所はニューヨークのハーレム。Lenox Terrace という高級アパートメント。
  • 被害者は Kwame Dancy (22)。容疑者は Jameg Blake (22) で、無実を主張していて、保釈金は支払われていない。
  • 2人は同じ集合住宅 (Lenox Terrace)の同じフロアーに住んでいた。
  • 事件が起きる数時間前、被害者は "N-----s is lookin for u don't think I won't give up ya address for a price betta chill asap!" 【後注】と容疑者の Jameg Blake をなじっている。
  • 容疑者のTwitterには "R.I.P. Kwame" 【後注】という内容もあるが、被害者のTwitter同様に相手をなじる言葉でtweetしまくっている。
  • ある警察関係者は「2人はメッセージのやりとりでもめたのかもしれない」と語っている。
  • しかしTwitterでのやりとり以前に2人は以前にも女性をめぐって喧嘩をしている。
  • 被害者の母によると、2人は子どもの頃からの友達であり、仲が良かった。容疑者が困っているとき息子はそれを助けてあげたこともある。
  • 当局は、容疑者が銃を所持していること、犯行時刻前後に容疑者が Lenox Terrace を立ち去る映像が残されていること、そのときショットガンが収まる大きさのバッグを持っていたこと、を証拠としてつかんでいる。
  • 殺害に使われた銃が使用済みの薬きょうと共に発見されている。
  • 容疑者の両親と弁護士はノーコメント。

後注

  • "N-----s is lookin for u don't think I won't give up ya address for a price betta chill asap!" — おそらく相手を脅かしている、または侮辱しているんだと思うが、意味はよくわからない。
  • R.I.P. — "rest in peace"(お休み)の意味だと思う。

日本語を学んだアメリカ人が語る、日本人が英語が苦手な理由

NHK出版に「英文エッセイ」というシリーズものの新書がある。その中の1冊 Kay Hetherly さんの "American Pie." 内容がけっこう奥深い。国旗に対するアメリカ人の感情。テキサス州は合衆国に加わる前から共和制だった唯一の州であった。アメリカ人の "ladies first" 伝説は本当か…などなど。

著者 Kay Hetherly さんはNHKの英語学習番組で講師をなさっていたらしい。アメリカで日本語を修了した彼女が「なぜ日本人は英語が苦手なのか」「それを解決する方法は何か」を語る章 ""Taro" CAN speak English!" が面白かった。

"Taro" というのは学校で何年間も英語を勉強しているのに身につかない人たちのことを言います。Taroが英語をものにできない理由は何か。「入試制度、英語の教え方だ」と言う人たちがいますが、私は「英語に対する姿勢」だと思います。

うちの学生にもTaroはいます。彼らは英語を話すことを恥ずかしがり、本気で英語をやろうとしません。他方、Taroさんではない学生もいます。彼らも恥ずかしがり屋ですが、それでも会話しようと努力します。2-3年もすればあらゆることを私と話せるようになります。私は彼らを認めます。私自身もかつて外国語の勉強で苦労しましたから。

幸いなことに、私は優れた学習プログラムでネイティブの教師から日本語を学ぶことができました。週に5回の勉強です。reading, writing に加えてspeakingの訓練もやりました。しかし教室の外に出て日本語をしゃべると、その textbook style は日本人に笑われたものです。彼らは "maji?" とか "umai!" と言うけれど、私は "Kono osakana wa oishii desu ne!" と言うのですから。彼らの英語は私の日本語よりも上手でした。私は笑われるのが嫌でたまりませんでした。

でもこのような経験から得たものがあります。学校の教育だけではじゅうぶんではありません。私は教室から外に出て日本語を聴き、話す機会をつくりました。変な誇りを捨て、バカなことをしゃべろうとしました。笑われようとしました。特に最初の数年間は。笑われる不快感は重要ではなく、日本語を話す訓練が重要なのだ、と気づいたのです。

日本で英語を上達させた人たちも同じじゃないでしょうか。自分の学習に責任を負わなければならない。不屈でなければならない。彼らはそれがわかっていると思います。これは容易ではありません。残念なことに、日本では英語を学ぶことは冗談かパフォーマンスと見られているフシがあります。たとえばテレビ。変な間違いをすれば笑われ、英語が上手ならそれゆえに笑われる。語学学校ですらおかしな英語をしゃべるテレビCMをつくって宣伝しています。英語をしゃべれる人は「実際に英語をしゃべってくれ」とよく言われます。たとえばパーティーの場などでネイティブに「Junkoは英語をしゃべる。じゃあ、一緒にしゃべろうよ」と言ったりします。あるいはバーでみんなを笑わせるために英語で奇妙なことを困惑顔の外国人に言ったりします。こういう雰囲気のせいで日本人が英語を真摯に学ぶことが難しくなるのです。たいていの人は笑われるのが嫌でしょうが、外国語を学ぶ人はこういうのを無視して前向きにならなければなりません。

英語あるいは他の外国語を学ぶことは不自然だ、という感情を克服することが大事です。英語を自分のものにし、積極的に会話しましょう。Taroだって望めばそれができるはずです。

【"Taro" CAN speak English!, American Pie. Written by Kay Hetherly】

著作権を侵害しないよう、意訳をこころがけた。ようするにあれだ、「恥ずかしさを克服しよう。最初のうちは間違ってもいいからバンバン英語をしゃべり、書きまくろうぜ!」ってことだよ。

NHK出版から出ているけど、この英文エッセイシリーズは立派な洋書だ。中学校英語をきちんと学んだ人なら余裕で読める水準。Amazonに行けば1円(送料別)の中古本がある。よく売れているから市場に品が豊富にあるんだろう。

ナチスを阻んでいるのは天皇制である

ヨーロッパでは不況で失業者が増えると外国人や移民に対する暴力事件が増える。日本にも似たような事件を起こしている人たちがいるが、笑ってしまうほどチキンな野郎ばかりであり、これまでがそうであったように今後も民意を得られるとは思えない。この国で民族主義者が多数派になることを阻んでいるのは意外なことに天皇制ではないか、と思う。

ナチスは敗戦国ドイツを救ったのに、オマイラときたら…

たとえば産経のこの記事。「“ごね得”許した「派遣村の品格」 費用は6千万円大幅超の見込み (1/2ページ) - MSN産経ニュース」。1年前も似たようなこと書いてたね。増え続ける失業者をどう処遇すべきか、を語ろうとせず批判だけして、弱者間の対立を煽ってある種の層の人たちのガス抜きに躍起になるイエロージャーナリズムに私は今さら何も期待しない。

遺憾ながらわが国の右翼、民族主義者も同じ穴のムジナだ。「失業者をオルグしている右翼がいる」という話は全く出てこない。彼らは失業者問題をなんとかしようとは思っていない。この国を救おうとはこれっぽっちも考えていない。自称「民族主義者」は多数派になろうという努力を一切やっていない。

ナチスは失業者を減らした。敗戦国ドイツの国民を飢餓から救った。そうして労働者の支持を共産党から奪った。これと同じようなことを日本の自称「民族主義者」たちはなぜやらないんだろう。今がチャンスなのに。まあ、やる気がないんだろうね。

幕末の攘夷派は開国派に負けた。二・二六事件の青年将校たちは「叛乱軍」呼ばわりされた。経団連を襲撃した野村秋介はピエロになってしまった。彼らが本当の意味で右翼、民族主義者だったかどうかはともかく、どうやらこの国で民族主義を強く訴える者が多数派になる時代は今後も来そうにない。

天子様に姓がない理由

で、その理由をあれこれ考えていたら天皇制にたどりついた。池田信夫さんは「天皇は超法規的存在ではない」と至極合理的で正しいことをおっしゃるけど、普通の庶民の感覚からかけ離れた意見に思えてならない。「天子様は法を超えている」というのが明治以前からの日本人の考えであり、人間宣言以後もこの感情は消えていない。

天皇には苗字がない。戸籍もない。選挙権もない。訴訟を起こす権利もない。法を超えている。

なぜ天皇には苗字がないか。仮に彼が「鈴木」姓を持っているとしよう。全国にあまたいる鈴木姓の人たちは喜ぶかもしれない。しかし鈴木姓ではない人たちは喜ばないだろう。そして天子様は不公平なことがお嫌いだ。彼は日本人を統合する役割を果たされている。特定の人たちにだけに支持されることは断じてやってはいけないのだ。これは想像だが、だから天皇は苗字を持つことをある時期から禁じられたのではないか。

これまで右翼民族派は日本では多数派になれなかったし、これからもそうだろう

このような天皇制のあり方はすべてを丸く治める方向に行く。パソコンの前にすわって「対馬」だの「ミンス」だのと吠えている自称「国士様」は論外だが、「レイシスト」と罵倒されるほど積極的に活動している在特会ですら民意を得られないのは、ある種の力が作用しているからだ。すべて天皇制が原因ではないか、と思った次第。

江戸時代。当時の日本人の多くは天子様の存在すら知らなかったろう。もめごとになりそうなことを企てる者が現れると誰かが「天子様がお許しにならないぞ」と言ってとりなす。言われた者は天子様の存在を知らなくてもなんとなくその言葉の意味を理解してしまう。そして物事が丸く収まる。かくして幕末の攘夷派も昭和の青年将校も矛を収めた。

「天皇は超法規的存在ではない」という正論に納得してしまう人たちは天皇制がなぜ今日まで生き残っているのかを考えたことがあるだろうか。この国は天皇を必要とし続けた。だからこの国にナチスが台頭することはないし、右翼民族派が多数派になることはない。私の個人的な感情としては在特会などが民意を得られないのは非常に残念だ。でも仕方ない。

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