ArtSaltのサイドストーリー

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英語の疑問文はこういう理屈になっている

総論

  • 疑問文をつくるには「主語 + 動詞」の順番を「動詞 + 主語」に変えるのが基本。
  • will, can などの助動詞を動詞と解釈してもよい。do も然り。
  • will, can, do などに続くのは原形不定詞であり、ゆえにそれは動詞の原形でなければならない — とする解釈もありうる。むしろこうやって覚えたほうがいい。

基本は V + S + O の順番にするだけ

先日話題になった「疑問文は使わなくていい:日経ビジネスオンライン」という記事。一言で説明すると、「英語の疑問文はややこしいので使わなくてもいい」とする意見だ。これを書いた林則行さんという人はコロンビア大学MBAに留学し、松本道弘さんに弟子入りしたらしい。当然オイラより数倍英語の実力が優れていると思われる。この人の意見に反対するわけではないけど、うーん、英語の疑問文の法則を説明するのってそんなに難しいですか?

平叙文を疑問文に変換する方法。別に難しく考えなくていいんだよ。S + V + O を V + S + O に変換すればいい。S + V + C だったら V + S + C に変える。つまり主語と動詞の位置を入れ替えるだけ。

  1. She was arrested. => Was she arrested?
  2. You have a child. => Have you a child?
  3. You would marry me. => Would you marry me?

#1の文の was を動詞と見るか助動詞と見るか意見が分かれるところだけど、以下のように考えればよい。be, will, can, may などは元来が動詞だけど頻繁に使われるから助動詞にもなりえた。ゆえに「be は動詞か助動詞か」なんて議論はどうでもよい。

#2の疑問文の形は "Do you have a child? " の形に比べると使用頻度が低いけど、イギリスにはいまだにこの形を使う人がけっこういる。っていうか、こっちのほうが歴史が古い由緒ある文法なのだよ。

#3は#1と同じ。「would は動詞、marry は原形不定詞」と考えればよろしい。

疑問文の文法が現代のものに決まるまでは紆余曲折があった。ひとつ例を出そう。

  1. Play you chess?
  2. Do you play chess?

現代英語では#2の形が正しい疑問文だが、昔の英語では#1も許された。つまり主語と動詞の位置を入れ替えただけだ。前述した「You have a child => Have you a child?」の理屈と全く同じ。

do が疑問文で使われるようになったのは16-17世紀のこと

do という不思議な動詞または助動詞について少しふれておく。

do が疑問文で用いられるようになったのは16世紀から17世紀に渡る200年間だったらしい。つまり中英語の末期から初期近代英語の時代であり、シェークスピアの時代である。can とか shall と違って do にはあまり深い意味がない。透明な性質というか中立的な性質というか。このように地味な地位に置かれていたからこそ16-17世紀のイギリス人たちによって「疑問文で活躍する便利な助動詞」という輝かしい役割が do に与えられたのだと思われる。ちなみに昔は詩歌などの韻文において音節の数を整えるときにも do は重宝したらしい。これも do の無色透明性ゆえか。

do を助動詞と見るか、動詞と見るか。これはどっちでもよい。"You do play chess." について「do は動詞、play は原形不定詞」と考えてもいいのだ。疑問文 "Do you play chess?" も同様。play を原形不定詞とみなしてもいい。よって S + V + O を単純に V + S + O に変換する理屈がここでも成立する。

do が will, may, can などと比べて特異な点があるとすれば人称に応じて格変化することだろう。つまり will, may, can と違って助動詞としての歴史が浅い do にはまだ普通の動詞らしさが残っているのだ。

  1. Can she play chess? - 正しい
  2. Cans she play chess? - 誤り
  3. Do she play chess? - 誤り
  4. Does she play chess? - 正しい

100年後には#3の形が許されているのではないかと個人的には思う。三単現なんて早く消滅してほしいよね。

動詞(または助動詞)の do が副詞の not と組み合わさると現代英語の否定文の文法になる。疑問文と同様に否定文も昔と現代では文法が異なり、たまに現代英語でも古い形を見かける。小説をよく読む人ならイギリス人作家の小説に "Did she not eat breakfast?" なんていう変てこりんな語順を見かけたことがあるだろう。do と not の組み合わせが否定文で使われるようになるまでの英語史を知るのも興味深いのだがここではふれない。

Is You Is Or Is You Ain't My Baby?

最後にややこしい例を出す。こんなのは覚えなくていい。

Billy Austin と Louis Jordan によって1944年に書かれた "Is You Is Or Is You Ain't My Baby?" という名曲がある。ジャズ・ファンなら "Barry Harris At The Jazz Workshop" (Riverside) でのハリスのピアノ演奏をご存じだろう。この "Is You Is Or Is You Ain't My Baby?" って変てこりんな英語だよね。おそらくアフリカ系アメリカ人たちのスラングだと思われる。由緒正しい英語の文法になおすと "Are you or aren't you my baby?" だ。「君は僕の彼女かい? それとも違うのかい?」。

  1. Are you or aren't you my baby?
  2. Is you or ain't you my baby?
  3. Is you is or is you ain't my baby?

おそらく #1, 2, 3 の順に形が崩れたのだと思われる。#1の形が#2に変形するのは容易に理解できるが、#2が#3に化ける理屈は不可思議に見える。だが#3のスラングは法則に従っている正しい形なのだ。

動詞 + 主語動詞 + 主語 + 原形不定詞
Have you a child?Do you have a child?
Play you chess?Do you play chess?
Is you my baby?Is you is my baby?
Ain't you my baby?Is you ain't my baby?

こうやってテーブルにすれば誰でもその隠された法則を理解できると思う。まあ、こんな変態文法なんて覚える必要ないんだけど、英語の疑問文なんて理屈はわりと簡単なんだよ。

というわけで当ブログ今年最後のエントリを終わりにします。みなさま、良いお年を。

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dogear + Kindle でニュースを読む

朝日とか日経とかGIGAZINEなどのRSSのURLを dogear.mobi (kindle看新闻) に登録しとけばMobiPocketファイルに変換されてKindleで読めるよ。以下の例はほんの一部。

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くらべる社説 :新s あらたにす(日経・朝日・読売)
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朝日、日経、読売、毎日、産経の社説
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アメーバニュース
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GIGAZINE
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ギズモード・ジャパン
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2ちゃんねるニュースヘッドライン
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The New York Times
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Wall Street Journal
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VOA News: Special English
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dogearに登録されているのは中国語のWebサイトが半分以上だけど、探せば上記のような日本語または英語のWebサイトもある。「アメーバニュース」だけはオイラが自分で登録したんだけど、それ以外は見知らぬ誰かが登録したもの。部分配信している新聞社のRSSに関しては Yahoo! Pipes とか「まるごとRSS」経由で全文取得してるね。

RSSをMobiPocketとかePubに変換していつでもダウンロードできるようにするWebサービスは今までFeedbooksもやっていたけど、中の人が先日 "We're removing support for conversion from RSS to ebook formats in an upcoming update. No time to maintain this feature, and not popular." と言ってやめてしまった。これについてはオイラが「やめないでくれ」とメールしたのだが聞き入れてもらえなかった。まあ、仕方ない。

  • 自分の好きなRSSをdogearに登録するにはGoogleのアカウントでログインする必要がある。
  • 1時間ごとに自動更新されてるらしい。
  • Feedbooksは画像を引っ張ってこなかったが、dogearは画像も取得してくれる。つまり画像が多いブログを愛読している人にとっては朗報だと思われる。とはいえRSSに画像が含まれていなければ無理だよ。
  • オイラみたいに「中国語は読めない」という人はdogearのWebページの一番下にある English (http://dogear.mobi/?lang=en_US) をクリックするといいかも。
  • dogear.mobi のトップレベル・ドメイン mobi はmobileの意味。携帯機器での利用を想定したサイト用のドメイン名。
  • サイトの名前「kindle看新闻」は "kindle read the news" という意味らしい。
  • WebページのデザインがInstapaperに似てるって? 気のせいでしょう(ニヤニヤ

以下はMobiPocket化されたGIGAZINEのRSSをKindleで直接ダウンロードし、読む光景。

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石原慎太郎の強姦殺人小説

東京都の青少年健全育成条例改正案。石原慎太郎・東京都知事の先月11月29日の発言。

石原慎太郎知事も「表現は幅広く自由なものだろう。しかし、子どもが強姦されるシーンを子どもが見ることを良いとするのか」などと述べた。

asahi.com(朝日新聞社):漫画家ら「表現の自由侵す」 都の性描写漫画販売規制案 - 社会

石原慎太郎氏が書いた小説に「完全な遊戯」というのがある。初出は雑誌「新潮」1957年10月号。大雑把に言えば、2名の男性が精神病院から無断で出てきたと思われる女性を強姦し、他の友人たちにも強姦させ、最後は熱海の海岸に行き、彼女を崖から海に突き落とす、という内容。

この本は小中学生たちが自由に出入りできる公共図書館の開架書架に並べられている。よって誰もが閲覧でき、誰もが借りることができる。「強姦されるシーンを子どもが*見る*こと」は小説ゆえ不可能だが、「強姦されるシーンを子どもが*読む*こと」ことは可能だ。

以下はその石原氏の「完全な遊戯」からの引用である。

「え」
女が言った瞬間、礼次は右へ一杯にハンドルを切ったのだ。車は濡れたタイヤをきしませ右手の低い繁みの間を縫って草地の中へ入り込んだ。
低い叫び声を上げながら、はずみで女の体が投げ出されたように右に崩れた。立ち直る暇を与えず礼次がその上からのしかかり、後ろのシートから武井が動かすまいとその両掌を捕らえた。
瞬間、ひっと言うような低い悲鳴で女は体中であがいた。女と思えぬ猛々しいほどの勢いだった。握った手を振りほどかれた拍子に、武井は手の甲をドアの端にいやというほど叩きつけられたのだ。
「この野郎!」
言って頭を押えつけるその掌の下で、女は何かわけのわからぬことを叫んだ。
「叫べよ! が誰も来やしないぜ」
着たものをたくし上げながら礼次が言い返した。
女は尚叫んで身をよじった。
「黙らねえか、いい加減に!」
シートの背から殆ど全身を逆さにのり出した武井が、叫びながら女の目の辺りを上から力一杯殴りつけた。女はそれでも叫んだ。が何故か突然、失神でもしたかのように女は温和しくなる。
「よしよし、なまじ言うことをきかないでいるよりそうしてりゃ顔も腫らさずにすむんだ」
女はそれ切り動こうとせず、なすがままだった。
同じ姿勢のままで礼次が言った。
「おい、ヘッドライトを消してくれ。バッテリーが上がっちまうからな」
武井が後ろから手を延ばしてスウィッチを切り、それきり辺りは真暗だった。近くで渚に打つ波の音が聞こえてくる。雨の音は先刻より軽くなったようだった。
「変るぜ」礼次が言った。
「よし、おさえててくれろ」
「大丈夫、動きやしねえよ」
先刻から女は低い声で何か聞き取れぬことを言いながらじっとしたきりだった。
暗闇の中で、二人が前と後ろのシートへ入れ替わった。
煙草をつけると途中で礼次は武井に渡した。
「吸うか?」武井が女に言った。
仰向けに倒れたまま、女が首を振るのが気配でわかった。
また雨が降り出し、強く車の屋根を叩いている。その中の暗闇で礼次がつけた二本目の煙草の小さな火が、濃く薄く同じ感覚で点滅した。
「へっ、おい」武井が叫んだ。
「大した女だぜこいつあ、腰を使い出しやがった」
女が低く、うめくように何か言った。

(中略)

「おい、大丈夫かい?」
暫く黙った後、何とはなし、訊いた礼次へ、
「え」女はまた言う。
「おまえ、何処か体悪かったんじゃないのか?」
女は黙って頷いた。
「大丈夫だったのか、本当に。こんな日に出歩いてよ」
「もう治ったわ」
「入院でもしてたんじゃねえか」
「でも、もう治ったわ」
「何処だい?」
「え」女は言った。
「病院?」
「え? ああ、それと悪かった所あ」
「病院?」女はまた言った。
頷き返す礼次を、女は一寸の間窺うような、まぶし気な眼差しで見つめたが、言訳するように、ゆっくり小さい声で言った。
「大船の鎌倉病院」
「え」
思わず見合わす二人へ、
「もう治ったの。私、気違いじゃないわ」
女はその時だけ懸命な眼の色を見せながら、自分へも言って聞かせるようにひとことひとことはっきり言った。
女の言った病院は辺りでは著名な精神病院だった。

(中略)

「私帰るわ」
「何処へ、本当に帰るところああるのか」
「でも、私帰るわ、帰して頂だい」
女は何故かはっきりおびえた眼を礼次に向けながら言った。
「駄目だよ、言うことを聞いてここにもう少しいるんだ。今夜は違う友だちを見つけて来といてやるからな」
女は子どものように頑なに首を振ると、
「いや、帰るわ」また言った。
「どうする、達たちを呼んで来るまでただとじ込めとくのか」
「いや、一寸待ってろ」
礼次は台所の方に消え、やがて細びきの束を持って出てきた。
女が何か叫んで飛びすさった。縄におびえるというより、本能で何かを怖れる獣のような仕種だった。
「つかまえるんだ」
言わぬうち武井が女を引きずり倒した。
両掌を後ろにくくり上げ、柱に結びつけると、女は頭を振り何やら叫び、精一杯の抵抗で足をばたつかせる。
「そのカーテンを少し裂けよ」
武井が渡した布を手にしながら礼次が言った。
「静かにしてるんだぞ。なるたけ楽なようにしといてやるからな」
「帰して」
急に温和しく、女は先刻と同じような調子でまた言った。
「駄目だよ」言いながら猿ぐつわを女にかませた。
出て行く二人を女はじっとしたまま見開いた眼で見送っている。と、また頭を振ってもがきながら女は足を滅茶苦茶にばたつかせた。裾がはだけ、女の奥の肌が覗けている。
「野郎、静かにするように、股ぐらにほうきでも突っ込んどいてやろうか。大方それならこいつあ嬉しそうにじっとしてるぜ」武井が言った。

(中略)

十米行くと右手の海を距てていた茂みが切れ、断崖の上の道はいきなり四、五十米下の海に臨んで続いている。遠くの下の岩に波の砕ける音が伝わって来る。
「聞こえるだろ、海の音が、ずうっと下だ」
スリップよけの低い手摺りに片足かけながら礼次は下を覗いた。途中がえぐれてせり出した崖の真下で騒ぐ水が夜目にもほの白く見えて来る。真横に自殺止めの立札がぼんやり立って見えた。
「危いわ」
女が言った。
「大丈夫さ。波が白くて綺麗だぜ。見てみろよ」
礼次は手を引いて自らのり出しながら言った。
「危いわ」
引き戻すように女は言った。
「危かねえさ、君がつかんでるからな」
礼次は笑って言った。
吸ってた煙草を思い切り指で弾いた。小さな火は闇をきりながら一瞬尚赤く灯ると吸い込まれるように足元の闇へ消えて見えなくなる。
「ほら一寸見てごらんよ。何かがきらきら光ってるぜ」
女をふり返って尚笑いながら彼は言った。
「そう、見えて? 綺麗?」
女は礼次の手を握りながら同じように身をのり出した。
「大丈夫だよ。後ろから肩を抑えててやるから。ほら、見えるだろ白い中にきらきらとさ」
肩を一寸押すように彼は言った。
「え」
小さくあがいて押し戻すようにしながら、女は言った。その瞬間、礼次は一度引いたその腕で力一杯女を前方に突き飛ばしたのだ。意外に軽く、声もたてずに女は暗い視界に消えていった。身をのり出し、息をのんだままじいっと耳を澄ます彼の耳へ、重く鈍くものを叩きつける音が聞こえた、と思った。
そのまま、ゆっくり車に戻り、別の煙草をつけた後で彼はクラクションを鳴らした。暫くして二人が戻って来た。

【石原慎太郎著「完全な遊戯」@「石原慎太郎の文学9 - 短編集1 - 太陽の季節、完全な遊戯」(文藝春秋)】

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蓮池薫さんが伝える北朝鮮の農業事情

新潮社の雑誌「波」に連載されている蓮池薫さんの「拉致と決断」。その第7回に北朝鮮の農業に関する非常に詳細な記述があった。

これを読む限り北朝鮮の農民は勤勉だと思うのだが、蓮池さんが疑問を呈しているように、それにもかかわらず頻繁に凶作と飢餓に見舞われるというのが非常に不思議だ。ソ連のコルホーズとソフホーズ、あるいは中国の人民公社の失敗を思い起こさせる。

北朝鮮の農業は集団経営である。一つの村が一つの協同農場になり、そこに組み入れられた農民は協同所有の土地を耕作して、収穫物から労働の質と量に従って分配を受けていた。だが、その一方で各農家には三〇坪までの個人農地が与えられていた。土地の所有権はないが、そこで生産されたものは各自自由に処分できた。実はこの狭い個人農地が、「苦難の行軍」(北朝鮮では九〇年代後半の厳しい食糧難を克服する闘争をこう呼んでいた)の時期に農民の生活を大いに支えた。協同農場の作柄は悪くても、個人の畑はほとんど例外なく青々としていて豊かな実りをもたらした。理由はほかでもない。協同農場とは比べられないほどの手間と智恵と資源をつぎ込んでいたからだ。

協同農場の農業は年間を通して単作かせいぜい二毛作だが、個人のうちでは三毛作が普通だった。凍土が溶ける三月末に早生のジャガイモを植え付け、それが芽を出し何枚かの葉をつけるころになると、すかさず横にトウモロコシをまいた。さらに、成長したトウモロコシがまわりに影を落とすころにはジャガイモを収穫し、代わりに白菜や大根など秋野菜の種をまく。九月初めにトウモロコシが刈り取られると、秋野菜は日光を浴びてすくすく育ち、十一月中旬のキムジャン(キムチづくりの年中行事)の直前に収穫される。この間、畑には雑草一本見当たらない。表土が絶えずホミという朝鮮独特の除草具で掻きまわされているからだ。一年間フル回転した個人のうちは、ようやく翌春までの眠りにつく。ただ、畑の一角にはニンニクが植えられ、その上は枯れたトウモロコシの茎でうずたかく覆われる。その下でじっくりと根を伸ばしたニンニクは、翌年の三月初めごろになって勢いよく芽を出すが、これまで含めると実に四毛作となる。

個人農地で作られた農作物は市場で売られるか、家庭で食されるほかは、豚の飼料にまわされた。当時はほとんどの農家が個人的に豚を飼っていた。一〇〇キロほどに育てば、協同農場で働いて得る農民の平均年収よりはるかに高い収入をもたらすのだから無理もない。家の近くに山や草地がある農家ではヤギを飼っていたが、その乳も家の子どもたちの貴重な蛋白源になるとともに、栄養たっぷりの飼料として豚を肥やした。

生産されたトウモロコシで、こっそり焼酎を作る家もあった。売って現金収入を得るという目的もあったが、酒を蒸留したあとの粕はこれまた豚のいい飼料となる。アルコール分の混じった餌をしこたま食べた豚は、ほろ酔い気分でぐっすりと眠り、ますます太る。豚の排泄物も貴重な資源だ。人糞と同様、質のいい肥やしとなって畑に撒かれ、多毛作で酷使された個人農地に英気を取り戻させる。各農家は協同農場に一定の量の肥やしを出す義務を負っているが、まず個人農地用をしっかり確保したうえでの供出だったので、いいものは出ないと聞いた。そのせいもあってか、協同農場の畑は赤茶けてやせて見えたが、個人農地はいつも黒々としていた。

立体的かつ有機的に連鎖した「個人農地」には、人間の限りない知恵と生命力が感じられたが、このパワーがどうして協同農場には発揮されないのだろうと、もどかしい思いも禁じえなかった。

【蓮池薫著「拉致と決断」 @ 「波」(新潮社)】

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米国務省職員がWikileaksの件で母校の学生を恫喝

昨日づけ(2010年12月05日)のMashableにWikileaksがらみの面白い記事があった。アメリカ国務省の職員が母校の学生たちに「連邦政府で働きたかったらWikileaksのことをFacebookやTwitterで話題にするな」と警告したらしい。以下は引用。誤訳ご容赦。

国務省職員がコロンビア大学の国際関係行政大学院の学生たちに「WikileaksのことをTwitterやFacebookで議論すると就職に影響があるかもしれない」と警告した。

この職員は同大学院の出身であり、母校の就職斡旋部に電話し、「Wikileaksへのリンクを貼ったり、TwitterやFacebookなどのSNSで発言しないほうがいい。これらの行為は機密情報を扱うあなたがたの能力に疑問を投げかけるだろう」と学生たちに忠告した。この発言は就職斡旋部から学生たちに送られた電子メールに記録されている。

この警告がなされた時期はWikileaksが合衆国の外交公電を暴露した時期(11月28日)と一致する。これ以後Wikileaksは多重DDos攻撃を受けるとともに、DNSプロバイダー、EveryDNS.net、一時的にWebサイトをホストしていたAmazon及び寄付を管理していたPayPalからサービス終了通知を受けている。

(中略)

就職斡旋部が学生たちに送った電子メールの全文。

学生諸君へ

現在国務省で働いている当校の卒業生から本日私たちに電話がありました。彼は連邦政府で働こうとしているすべての学生諸君に以下のメッセージを伝えてほしいと言っています。連邦政府への就職希望者は全員身元調査が必須であり、場合によっては安全検査 (security clearance) が必要だからです。

過去数ヶ月に渡ってWikileaksから発表された文書は現時点でも依然として機密文書であります。前述の国務省に勤務する卒業生は「FacebookやTwitter等のソーシャル・メディア・サイト (social media site) にこれらの文書へのリンクを貼るべきではない。これらの文書に関して発言すべきではない」と勧告しています。仮にそのような行為があった場合、連邦政府の極秘情報を扱う学生諸君の能力に疑問を投げかけることになるでしょう。

就職斡旋部より

State Department Official Warns Students Against Discussing WikiLeaks on Facebook, Twitter @ Mashable】

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Amazonは Project Gutenberg の作品をコピーしている

著作権が切れた文学作品や科学の文献をたくさん公開していることで知られる Project Gutenberg。驚いたことにAmazonがここから作品をコピーし、それを有料で売っているらしい。以下は "Faster Forward - Amazon charges Kindle users for free Project Gutenberg e-books" の翻訳。これを書いた Rob Pegoraro という人は Washington Post のコラムニストである。

Amazonで値が付けられて売られている本の中に Project Gutenberg で公開されている著作権の切れた作品がある。これについて米国ミズーリ州の Linda M. Everhart 氏が強く抗議している。

Linda M. Everhart 氏が Project Gutenberg で仕事をおこなった作品に A. R. Harding の "Fox Trapping" がある。

Linda M. Everhart 氏 — 「Amazonは私がcontributeした "Fox Trapping" のテキスト版を Project Gutenberg からコピーしました。そしてライセンスを定めたヘッダーとフッターを除去し、各章のタイトルを太字にしました。結果としてKindle本には私がつけた説明文までもが全く同じ位置にあるのです」

Linda M. Everhart 氏の主張によれば、Project Gutenberg で公開されている以下の作品もAmazonによってコピーされ、99セントから3ドル69セントで売られているという。

  • "Fifty Years a Hunter and Trapper" by Eldred Nathaniel Woodcock
  • "Bee Hunting" by John R. Lockard
  • "Canadian Wilds" by Martin Hunter

Linda M. Everhart 氏は続けてこう言う — Gutenberg書式の本をつくるのは容易ではない。Internet Archive から本をダウンロードし、OCRし、目視確認で不要な情報を除去し…という一連の作業が必要である。

上述の作品 "Canadian Wilds" が Project Gutenberg で公開されたのは10月30日。Amazonがこの本の販売を Kindle Store で開始したのは翌日のことである。

しかしながらAmazon側の行為は Project Gutenberg のライセンスに反していない。Project Gutenberg の最高責任者 Greg Newby 氏はこれについて不満を隠さない。「『合法か?』と問われれば『然り』。だが『倫理的か?』と問われれば『否』と答えざるをえない」

こういう商売をやっているのはAmazonだけではない。だが Greg Newby 氏に言わせると、その中でもAmazonが最悪だという。

Amazonのスポークスウーマン Sarah Gelman 氏は「問題の本はいずれもサード・パーティーによってアップロードされており、私たちの self-service platform が使用されている。お問い合わせの件は当社のしかるべき部署に通知ずみである」と述べている。

Project Gutenberg には著作権の切れていない作品もある。Greg Newby 氏によれば、これらがAmazon Kindle Store で売られていたので抗議したところAmazon側は素早く対応したという。

Faster Forward - Amazon charges Kindle users for free Project Gutenberg e-books

2010年12月10日追記

Amazonは方針を変更した模様。

The Digital Readerサイトによると、ある個人作家が試しにパブリック・ドメインの電子書籍版をAmazonで販売してみたところ、Amazonから「パブリック・ドメインで無料で入手できる作品の販売を中止することになったので、この作品を削除する」という主旨の通達を受け取ったとのこと。

hon.jp DayWatch - Amazon、ユーザーからの批判を受けKindle電子書籍ストアからパブリック・ドメインの電子書籍版を撤去
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