ArtSaltのサイドストーリー

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Kindleと競争する上で必要なこと

以下は "Monster Battle: Amazon’s Japanese eBook Market Entry | FutureBook" の全文翻訳である。公開にあたってはこれを書いた株式会社サッカムの Robin Birtle さんの許可をいただいた。ただし翻訳の精度はすべて私の責任である。

Amazonが2011年末までにKindleのサービスを立ち上げると日経新聞が報じた。これによって電子書籍の巨人による衝撃に神経を尖らせていた業界の2年間にわたる憂鬱な憶測が終わったわけである。出版業界の先頭集団は以下の3つの課題にじっくり取り組みたいかもしれない。この質問に答えられれば次の10年で業界がどう発展するかが見えてくるだろう。

  1. 出版社はデジタル・コンテンツに全面的に関与するのか?
  2. 電子書籍の書店はAmazonとどう競争するか?
  3. 自己出版 (self-publishing) の分野は誰が支配するのか?

まずは出版社。コンテンツが貧困だった時代に電子書籍の市場に何が起きたか? 日本はこの分野の先駆者として既にそれをじかに体験している。2003年電子書籍の販売 (Electronic Book Business Consortium) とレンタル (Publishing Link) という2つの先駆者が生まれた。これに関わった企業は30社を超える。そのうち出版社は15社である。ここまで大規模だったにもかかわらず小説などの主要な本は扱われなかった。こうして Electronic Book Business Consortium と Publishing Link はいずれも失敗する。この動きはKindleよりも4年先行していたわけだが、'00年代は日本の電子書籍市場にとって失われた10年であった。

今日では主要な出版社はみな電子書籍に関わっている。日本電子書籍出版社協会と電子文庫パブリによると、彼らのカタログには毎週およそ100の新しいタイトルが加わっている。この数字は成長可能な電子書籍市場に必要なだけの膨大な量のタイトルが揃うまでどれだけ日本が近づいているのかという文脈でしか意味がないのだが。AmazonのKindleがアメリカで始まったときは90,000タイトルだった。それが1年以内に25万タイトルを上回るにまで増えた。漫画以外の目録が50,000タイトルにも満たない日本の電子書籍と好対照である。週に数百冊しか増えないようでは主要な消費者をひきつける規模のコンテンツが揃うまでに何年要するのかわからない。電子本の品揃えは一気に増やすことが肝要であるが、それだけでは不十分である。価格が印刷本と大差ないとか、印刷本よりも電子本の発売を過度に遅らせるようなことがあってはならない。

重要なことだが、主要な書籍がデジタル化されていないことは単に電子書籍市場の発展を遅らせるだけではない。これはこの市場で発展する空前絶後の亀裂に変化をもたらすかもしれない。スマートフォンとタブレットの成功によって数千万の消費者が電子リーダーが動くディバイスを使えるようになった。出版社側の都合で消費者がこれらのディバイスで読書することを阻まれるようなことがあってはならない。もしも日本の大手出版社がタイムリーで手ごろな価格の本を供給しなかったら、外国の出版社や中規模の電子出版者や自己出版の大群にその間隙を突かれるだろう。こんなことが起きたら、業界は現存する印刷本の価値の拘束具を維持しようとする遺産産業(後注1)と、印刷本とのカニバリズムが発生しないデジタル業界に分裂してしまうかもしれない。このシナリオだと、デジタルを優先する業界は拡大する電子本の市場から利益の大半を得ることになる。他方、印刷本に頼る遺産産業は採算がとれない電子本のカタログからごくわずかな対価を得るにとどまり、減り続ける印刷本の売上げで生きていくしかない。アメリカの出版社はこのような分裂を避け、ポスト・デジタル出版の世界に確固たる地位を築き上げた。対照的に日本の主要な出版社はこのような取り組みが遅れている。

Amazonと競争しようとする日本の電子書籍書店の立ち位置はお粗末である。評判が良くて十分な資金がある者でさえ間違った方向に時間を費やしている。楽天(日本国内の小売り第一人者)と紀伊国屋(日本最大のリアル書店)とソニーは共同出資して各々の電子書籍書店、各々のディバイス、各々のアプリで相互に本を読めるようにした。このような相互運用はAmazonと対決して雌雄を決する上で良いことではあるが同時に的外れでもある。Amazonを相手にまともに戦うには日本の電子書店は以下の2つの分野でサービスを改善したほうがよい。

1. サービスは徹底的にシンプルにするべし。Kindleが築いた読書体験は日本の書店が絶対に目指すべき金字塔的な基準である。依然として当たり前になっている野暮ったい購入手続きを改善しないといけない。ユーザーに電子書店専用のリーダーの使用を強制するのではなく彼らがもともと持っている既存のディバイスで本を買えるようにするべし。ユーザーが電子書籍のフォーマットについて知らなくてもいいようなサービスを提供するべし。ダウンロードする際に他社のソフトウェアを必要とするものは提供するべからず。Macをサポートするべし。これらの基本的な諸条件が整って初めて相互運用や新たな発見やソーシャルな読書体験が可能になるのだ。

2. 購入するにあたって関係してくる情報、特に価格設定に関する情報の入手はすべて簡単にするべし。高い買い物だろうと安い買い物だろうと、消費者は購入の決断の際にはそれに関係する情報をもとにして支配権を握りたがるものだ。電子書籍の価格が事実上固定している日本のような国であっても価格の比較は重要である。ここで言う比較は店舗ごとの価格比較ではない。印刷本、電子本、ハードカバー、ペーパーバック、新品の本、中古本の価格の比較である。このような環境があれば消費者は、デジタルか、紙か、中古か、をその時々に応じて容易に選べる。ここで重要なのは、彼ら消費者がこれによって一層満足し、そのオンライン・ストアのリピーターになるかもしれないということだ。Amazonではこのような価格の比較や消費者レビューをすべて1箇所で見ることができる。Amazonと競争するなら書店はオンラインで印刷本を売る書店や中古本を売る書店あるいはマーケットプレイスとタイアップしてこのようなサービスを一本化する必要がある。このニッチな市場で電子書籍だけでやっていこうとすると苦戦するだろう。

最後に自己出版 (self-publishing) について。好むと好まざるにかかわらず自己出版は成熟した電子書籍市場の中で強い影響力を得るだろう。業界のプレーヤーは自己出版を軽率に扱わない。というのも自己出版はアメリカ以外の市場では小さいながらもAmazonにとって無視できない致命的になりかねない弱点のひとつだからだ。Appleもそうだが、Amazonはアメリカ以外の国々で自己出版する人たちを管理している。もしもAmazonが同じことを日本でやるとしたら、Kindleで自己出版したい人たちはAmazonに英語で申請し、アメリカの税金に関連する所定の書類を提出する必要が出てくる。これは個人でこういうことをやりたい人たちにとって障害になるし、小規模の事業者にとってもそうだ。ここにビジネス・チャンスがある。大きな企業であれば日本の自己出版市場から良いものを選んでそのほとんどを集めることができるのだ。20を超える日本国内の電子書店はこのような役割を引き受けることができるはずだ。しかし今のところ自己出版向けにフリーでシンプルなサービスを始めたところはない。電子書籍書店だけでなく大日本印刷や凸版印刷のいずれかがこれをやることもできるだろう。しかし彼らの取り組みが遅すぎると、どこかの海外プレーヤーが日本市場に参入して日本語化された自己出版のプラットフォームをつくり、他社との差別化を図れるかもしれない。

ほとんどの専門家はジェフ・ベイゾズ(後注2)のキングコングを日本のさまざまな出版ゴジラ(後注3)よりもひいきにしている。全くもって国内の業界はAmazonの日本進出に対して準備不足である。Amazonが日本の電子書籍で成功を収めることはもうわかっている。まだわかっていないのは、どの国内業者が生き残ってAmazonの挑戦に対抗できるか、である。

後注1 : 現存する印刷本の価値の拘束具を維持しようとする遺産産業
原文は "a legacy industry intent on preserving the existing print value chain."
後注2 : ジェフ・ベイゾス
Jeff Bezos。AmazonのCEO。
後注3 : キングコング、ゴジラ
翻訳元エントリの原題 "Monster Battle..." を想起されたい。

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