ArtSaltのサイドストーリー

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"won't" は "will not" の短縮形である、という説明は半分正しく半分誤り

英語の短縮形。たとえば is not が訛って(なまって) isn't になるのは理解できる。they arethey're に変化して結果的に there, their と全く同一の発音になるのもわかる。 would havewould've になるのも不思議ではない。日本語の「愛している」が縮まって「愛してる」に、あるいは「聞いていない」が訛って「聞いちゃいねえ」になるようなものだ。

だが will notwon't という短縮形になる現象は、その発音を考えると、不自然だ。音が単純化して短くなるなら willn't と変化するのが普通だろう。だが willn't という形は存在しない。少なくとも私の知る現代英語にはそんな奇妙な語は存在しない。なぜ will not の短縮形は willn't ではなく won't なのか? この難問を解く非常にわかりやすい語源学的な説明を英語圏の電子掲示板で見かけた。それを一言で説明すると、

willan/wyllan noht/naht → wynnot → wonnot → won't

…という流れだ。(スラッシュは "OR" を意味)。

ただしこれとは別の説明もある。語源学は遠い昔の言語を研究する学問だからいろんな説がある。インド・ヨーロッパ語族の動詞と助動詞は「人称」によって複雑に屈折してきた。その複雑な文法を反映して、

woll not → wonnot → won't

…と推移した、とする説だ。

以下に解説を日本語に翻訳して紹介しておく。

Old Britain map

won't にはちょっと面白くて複雑な歴史があります。 一言で言ってしまえば willnot の短縮形ですが実際にはかなりの回り道を経てこの形になったのです。

古英語 (Old English) において will は動詞 willan/wyllan の形を取りました。意味は現代英語で言う will, wish, want です。古英語でも未来表現で用いられることがありました。古英語の文 "Ic wille gan." の意味は "I want to go." または "I will go." です。どちらの意味になるかは文脈で決まりました。

古英語では否定の表現は以下のように頻繁に短縮された形を取りました。

  • na(w)ðer = nahwæðer = ne + hwæðer
  • neither = not + whether
  • næfre = ne + æfre
  • never = not + ever
  • nabbað = ne + habbað
  • haven’t = have + not
  • We nabbað naðor ne hlaf ne wæter.
  • We have neither bread nor water.

副詞 not は昔は noht であり、もっと昔は naht でした。noht, nahtnawiht (意味は naught, ゼロ、無価値)の関連語であり、本来は in no way (全く…でない)を意味しましたが、ne の強調形として使われるようになりました。次第に naht, noht, ne はいずれもストレスが置かれなくなって他の語と結合しました。この現象を Jespersen's Cycle と呼びます。

これらの事情が合わさって willan の否定の形 wynnot が新たに生まれました。willan の過去形は語の先頭が wold- になります。これは現代英語になると would になります。これらの語の形と関連語の動詞 wol の影響を受けて wynnotwonnot という形を取るようになりました。1500年代後半のことです。

このような経緯を経て現代英語の won't という形が現れたのは1660年代です。これは wonnot の最後の母音が省略された結果です。この種類の短縮形としては won't は初めての事例でした。その後 can't, couldn't, shouldn't などが won't に倣って1700年代までには出揃いました。現代英語では cannot という形が生き残っていますが、それ以外の couldnot, shouldnot などは消滅しました。

その他の短縮形 -'ll-'ve などについて言うと、その歴史は won't と同じぐらい長いんですが、語源学的な説明は won't ほど込み入っていません。しかしここでは詳述を避けます ;)

それと、これは覚えていてほしいのですが、古英語の綴りは現代英語のそれと比べてあまり標準化されていませんでした。同一の語に対して「正しい」とされる綴りはいくつもあったのです。訛りあるいは方言によって「正しい綴り」も変わりました。それゆえに発音と使用法の変化を歴史的に説明することは難しくなることもあります。とはいえ、won't の誕生の歴史的推移は、私が知る限りでは、このようなものであったと言うことができます。

etymology - What is "won't" a contraction of? - English Language & Usage Stack Exchange

これとは別の説明もある。won't の起源は16世紀までは正当な表現であった直説法現在時制1人称の形 "I woll" から来たものであるという。(この形は19世紀まで使われていた)。ここから否定表現 woll not が現れ、 wonnot に変化した。2人称と3人称では wynnot だったが、1人称の wonnot がそれにとって代わり、人称を問わず wonnot になり、最後に2番目の母音が脱落して won't になった、とする説だ。

Do you mean why is it "won't" instead of "willn't"? It comes from the first person present indicative "I woll", which was current even to some extent until the 19th century, but was standard usage in the 16th century. So it is a contraction of "wonnot" which in turn is a contraction of "woll not". The second and third persons were (and of course still are) "will", and originally there was a "wynnot" but "wonnot" won out and replaced it for all persons, at some point in the 16th c.

origin of the negative contraction "won't" for the future tense | WordReference Forums

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トレランの走りが予想以上に速くて驚いた

ときどき近くの山々を走っている。アスファルトで舗装されているロードではなく土の道。あるいはトレイル。そういう道を走る。あるいは道なき道を走る。しかしトレランの大会に参加したことはない。先日自分の住んでいる町の里山でトレラン大会が開かれた。現在体調を崩しているので今回は見学だけにしておいた。実際にレースを観戦するのも今回が初めてだ。邪魔にならないようトレイルの脇に立って選手たちの走りを観察した。以下は感想である。

トレイル(松林)

上りも下りも予想以上に速い。たぶん自分が生きているうちにこの大会の上位の人たちに勝つのは無理だろうな。

トレラン専用シューズでなく普通のランニング用のシューズで走る人たちが意外に多かった。

自分は下り坂トレイルを走るとき転倒しないよう短いステップで走る。しかし大会参加者の多くはロードを走るときと同じように長いステップで下り坂を走っていた。それでも転倒する選手はいない。転倒しそうになる者すらいない。

下りでも踵(かかと)から着地する人が結構多かった。かなり速く走っているのに。あれはアキレス腱を痛めるんじゃないかな? それともトレランやる人たちはロードの人たちよりも鍛えているからアキレスは平気?

個人的に一番関心があったのは階段状になった下り坂の走り方。トレランをやる人なら知ってるだろうけど、トレイルの坂っていうのは、巨大な木の根が地上を這ってまるで階段のように連なっている箇所がある。あるいはハードルのように立ちはだかっている場所がある。そういうところを平らなロードを走る要領で普通に全力疾走したら爪先が木の根っこに突っかかって転ぶに決まっている。ところが信じがたいことにこのレースの上位成績者たちは階段状の下り坂をピョンピョンと蛙(カエル)のように軽快に飛び跳ねて私の目の前を次々と通過していったのだ。あのような特殊な地形を躓かずに(つまずかずに)走るコツは腿(もも)を上げることかな。着地したときの脚への衝撃を考えると筋力がよほど強くないとあのような走りはできないと思う。

みんな脹脛(ふくらはぎ)がすごく太いね。あれがランナーの脚なんだろうね。自分の脚はまだまだ細すぎる。もっと鍛えないといかん。

このレースは性別とか年齢別に分かれるわけではなく全員が同じレースに参加する。そして驚くべきことに中学生らしき参加者でも上位の成績に入っていた。成人よりも体重が軽いぶん着地したとき脚が受ける衝撃が弱いから有利なのかもしれない。ランニングは高齢者でも好記録を出せるスポーツであることは広く知られている。そしてトレランは高齢者だけでなく10代前半の子どもでも良い記録を出せる競技かも。

よく「トレランをやる人はハイキングとか登山の人たちとすれ違うときにきちんと挨拶をする人が多い」と言われるけど、そうでもなかったような気がする。まあ、私のことを大会の運営に携わっている人物と勘違いして挨拶の必要性を感じなかったのかもしれないけど。

それにしてもトレランの人たちは速い。下り坂で観戦していると彼らの地響きを立てる走りに圧倒される。トレランに関して昨今よく論争になるのがハイキングや登山などをやっている人たちとの軋轢(あつれき)。自分は「ハイキング・コースを走るな」という意見には決して賛同しないけど、あの凄まじい速度を目の当たりにするとやはり何らかの対策が必要かなと感じた。

来年この大会に参加したいと言いたいところだけど他の人たちと一緒に走って順位を競うのは性に合わないかな。自分にとって走るというのはレースよりも孤独に一人で走ることなので。

ロードを走るマラソンを観戦する人は多いけど、草原を走り回ったり薄暗い森林の中を駆け抜けるトレランのルートまで足を運んで見守る人は非常に少ない。まあ、足場が不安定で泥だらけの道も多いし、一歩足を踏み外せば谷底に転落して死ぬかもしれない場所に観客として行きたがる人はそんなに多くはないだろう。マラソンに比べてトレランの商業化がうまく行っていないのはそういう事情もありそう。

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