ArtSaltのサイドストーリー

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バイキングが来なかったら英語はユーザー・フレンドリーにならなかっただろう

ジョン・マクウォーター (John McWhorter) の "Our Magnificent Bastard Tongue: The Untold History of English" を読んでいる。 Avery という出版社から2009年10月27日に発売された英語史の本。

マクウォーターの主張は以前このブログ「英語が奇妙奇天烈な言語になったのはケルトとバイキングが原因」で少しふれたが、ここで簡単にまとめておこう。英語に強い影響を与えたのはラテン語とフランス語であることはよく知られているが、それに先駆けてケルト語と古ノルド語が文法を大きく変えた、というのが彼の見解だ。ちなみにケルト語というのはウェールズ語、スコットランド語、アイルランド語など、イギリスとアイルランドとフランスのケルト系諸民族の言語であり、古ノルド語というのはスカンジナビア半島などのゲルマン系諸民族が使っていた言語である。たとえば、疑問文の先頭に「意味のない do 」 (meaningless do) を加えるというアイディアは他のゲルマン諸語には見られない英語独自のものだ。マクウォーターによれば、これはケルト語の影響を受けて誕生したルールだとされる。 "Do you really believe him?"

疑問文と否定文における「意味のない do 」がいかにしてケルト語から英語に入ってきたのかを検証する作業も興味深い。だがここでは、バイキングの古ノルド語が英語の動詞または名詞の格変化に影響を与え、最終的には動詞と名詞の格変化をほぼすべて奪ってしまった経緯を中心にマクウォーターの考えを紹介したい。さらに、たびたび他民族に征服されたにもかかわらず他の言語の影響をあまり受けなかった中国語と、他の言語の影響を強く受けた英語の比較。そして「大陸から隔絶された島嶼の言語」という共通性がありながら運命が大きく変わってしまったアイスランド語と英語の比較に関する合点が行く説明も引用しておく。

Our Magnificent Bastard Tongue: The Untold History of English

英語の文法に与えたラテン語の影響

「文末を前置詞で終えるべきではない」という規則が考案されたのは17世紀である。ラテン語は文末を前置詞で終えることがないのだから英語もそれに倣うべきだという理由による。

"Hey, what are you looking at?" 文末を前置詞で終えることが許される言語は非常に珍しいらしい。

「不定詞を作る前置詞 to と動詞の間に副詞などを挿入してはならない」とする考えは19世紀の盲目的崇拝である。これもまた、ラテン語は不定詞を分割しないという事実に基づいていた。ラテン語では不定詞はわずか1個なのだ! つまりこういうことだ。英語の不定詞 "to end" をラテン語で言い表すには terminare という1語で済む。説明終了! 原子がかつてそう信じられていたのと同様に分割不可。

これも意外なのだが、前置詞 to と動詞の間に何か別の語を挿入することが許される言語は珍しいとのこと。

英語の文法は他の印欧語と大きく異なるだけでなく他のゲルマン語ともかけ離れている

フランス語では英語で言う名詞の copy は copie である。動詞の copy は copier 。だが英語のように屈折語尾の大半を失っている言語では名詞を動詞に変換するには何ら特別な道具を要しない。というわけで copy は 単に copy のままでよいのだ。

中国語ほどではないが、動詞が変化せずにその形のまま名詞化したり、逆に名詞が変化せずにその形のまま動詞化する英語の柔軟な点。

"Do we eat apples?" をフリジア語で言うと "Ite wy appels?" だ。これを語順を変えずに英語に変換すると "Eat we apples?" である。意味のない "do" は置かない。噛み跡がついたリンゴを手にしているフリースラントの人たちがいるとしよう。その場面で「何をしているのですか?」と尋ねられるとフリースラント人は "Wy ite appels." と答える。単純に1語ずつ変換すると "We eat apples." である。彼らフリースラント人は英語ネイティブのためにわざわざ「私たちは今この瞬間リンゴを食している過程にある」などとは言わない!!!! 必要とあらばこう言う - "Wy binne oan't iten." (We're on the eating.) 。

フリジア語 (Frisian) というのはオランダのフリースラント地方 (Friesland) で使われている言語。現存する言語の中では英語に最も近いとされる。ここでは疑問文の作り方の違いが言及されている。英語では文頭に意味のない助動詞 do をつけ加えるが、フリジア語では主語と動詞を倒置させるだけ。それからいわゆる「進行形」。フリジア語だけでなくドイツ語でも現在進行形とか過去進行形は明確な形を取らない。これが明確な形を取って表れるゲルマン語族の言語は英語だけらしい。

進行形という相は、インド・ヨーロッパ語族にもともとあった相の形態ではない。現在、インド・ヨーロッパ語族の言語のうち“be+現在分詞”が進行形の意味を持つのは、英語、イタリア語、スペイン語など、ごく少数の言語に限られるし、これらの言語にしても、最初から進行形を使っていたわけではなかった。英語で、“be+現在分詞”が進行形として使われるようになったのは、1800年前後である。“be+現在分詞”という形態そのものは、古英語の頃からあったが、その使用は稀で、かつ、意味も現在の進行形とは異なっていた。

進行形はなぜ使われるようになったのか | 永井俊哉ドットコム

かつて正当とされた表現が今では間違い、かつて下品だとみなされた表現が今では正しい

19世紀の時点で既に英語の文法は完成し、現代のものとほぼ同じだろう、と考えている人は多いだろう。だが当時の文法学者たちは以下のような表現を低級とみなしていた - all the time (上品な人なら always と言いましょう), born in ("born at" と言うのですよ。知らないのですか?), lit (私が何と言ったかわかる? lighted と言ったんですよ), washtub (なぜ washing tub と正しく呼ばないのでしょうね) など。 standpoint は今日の私たちにとってはどちらかと言うと洗練された語のように響くが、19世紀では唾棄されるべき語だった。理由はおそらく「あなたはどこに *立って* いるのですか?」という違和感。

信じようと信じまいと、"have a look" を "look at" の意味で言うのは少し下品であると考えられていた。"the two first" の代わりに "the first two children" と言うのも同様に下品。

上品な言葉遣いが要求される場面では "The house is being built." のような胡散臭い表現は控えることが求められた。19世紀までは "The house is building." が正しい形だったからだ。"stacked, fixed" を現代の私たちが発しているように発音すると語尾を短縮しているとみなされた。正しい発音は /stækt, fikst/ ではなく /stækid, fiksid/ だった。

現在時制で動詞などの接尾辞が3単現に限って活用する言語は極めて稀である。

例外的に、スコットランドとアイルランドの一部では "am not" の省略形 "amn't" が使われている。

英語はヨーロッパの中では性 (gender) を放棄した唯一の印欧語である。

古い英語から新しい英語に変わるにつれて "hithers, thithers" が消滅しつつある。 "Come hither, go thither," そして "stay here, stay there" 。 "Hither, thither, whither" は「動き」を示す動詞と組み合わさって使われた。それに対して "here, there, where" は「動き」を示さない動詞との組み合わせに限定されていた。英語で発せられる質問 "Where's the coffee?" に対してドイツ語で答えれば "Hier." である。だが "Come here!" はドイツ語で "Komon her!" だ。 "Komm hier." などと言ったら非ドイツ語ネイティブであることがバレてしまう。ドイツ人が英語話者の間違ったドイツ語を真似するとしたらこの言い方をするに違いない。ドイツ語には英語の thither に対応する hin, そして whither に対応する wohin がある。加えて、方向を指示する副詞と場所を指示する副詞についてこの種の区別をしないゲルマン語は存在しない。英語を除けば。

わかりにくいと感じる人もいると思うので少し補足。現代英語の here には "in this place" と "to this place" という2つの意味がある。だが昔の here は "in this place" の意味に特化していた。 "to this place" の役割を担ったのは hither である。英語を除くすべてのゲルマン語系の言語は現代でも両者を融合させずに共存させている。

英語は総称人称に特化した語を失った非常に珍しい言語である

ヨーロッパの諸言語は総称人称に特化した代名詞がある。(…中略…)例外的にアイスランド語では「男」を意味する madur が総称人称として代用されるが、同様のことは他のゲルマン語についても当てはまる。つまりゲルマン語では人称代名詞が細かく分かれているわけだ。以下はスウェーデン語の人称代名詞である。括弧内は対応する英語。

jag (I)vi (we)
du (you)ni (y'all)
han, hon, det (he, she, it)de (they)
man (one) 

対照的に英語ではスウェーデン語ほど細かい区別がない。

Iwe
youyou
he, she, itthey
you 

スウェーデン語には総称人称に特化した代名詞 man があるが、英語では you を引っぱり出してきて無理やりその仕事をさせている。たとえば "You have to be careful with these big corporations." というふうに。古英語にも man という総称人称専門の代名詞があった。だが中英語の時代に入ってから数百年後 man は消失してしまった。

総称人称の代名詞と言えば one, we, you, they だが、英語の駄目な点は、それらが総称人称として使われているかどうか曖昧なところ。 "You must come in here." の you が目の前にいる相手のことなのか、それともこの発言は一般論として「あらゆる人はここに入らなければいけません」と言っているのか、区別することが困難な場面がある。英語では総称人称に特化した代名詞 man が消失したが、他のゲルマン系諸語では健在だ。

生き残った have-完了 (have-perfect) と死滅した be-完了 (be-perfect)

ヨーロッパのほとんどの言語では動詞 have と組み合わせて完了の文を作る。たとえばドイツ語で "Ich habe gesprochen." (I have spoken.) という具合に。と同時に少なからぬ言語において動詞 be と組み合わせて完了の文を作る。たとえばドイツ語で "Ich bin gekommen." (I am come.) という具合に。これは古英語の "Lār āfeallen wæs." とちょうど同じだ。これを現代英語にそのまま変換すると "Learning was fallen away." だが意味は "Learning had fallen away." である。

英語でも be-完了はほんの少しだけ生き残っている。 "They're gone!" ただし be に続く動詞は自動詞に限られる傾向があるようだ。他動詞が使われることはないと思う。さらに言えば、 "They're gone!" の gone は動詞の過去分詞ではなく形容詞であると主張する人もいるかもしれない。

Verb-second のルールを失ったゲルマン語は英語だけ

もしも "Yesterday I saw a movie." という意味のドイツ語を言いたければ動詞 saw は文頭から数えて2番目に置かなければならない。よって主語 I はその後ろである。つまり "Gestern sah ich einen Film." (Yesterday saw I a film.) という語順になる。「動詞は文の先頭から2番目に置かなければならない」という規則は全ゲルマン語に共通する。(…中略…)この奇妙奇天烈な語順を言語学者は verb-second または V2 と呼ぶ。この法則は世界各地の諸言語の中では決して一般的とは言えない。ゲルマン語の系統を特徴づけるものである。

ドイツ語は全くと言っていいほど知らないので迂闊なことを言えないのけれど、ドイツ語の構文には SVO だけでなく SOV という日本語そっくりの語順があると最近知って驚いている。それどころかゲルマン語族すべてで SOV とか OSV などの奇妙奇天烈な形があるんだとか。逆に言うと SVO の語順に頑なにこだわっている英語のほうが少数派なんだね、ヨーロッパの中でも、世界の中でも。

一般のイングランド人と離れて生活していたノルマン人、積極的にイングランド人と共に生活しなければならなかったバイキング

英語はノルマン人 (the Norman French) の手によって単純な言語になったのだとする意見がある。この考えは魅力的だがありえない。イングランドの地にはそれほど多くのノルマン人がいたわけではない。ある試算によるとグレート・ブリテン島民100万ないし200万人に対して1万人だ。ノルマン人は日常的に英語を話す普通の人々の大群衆の中にまみれていた少数のエリート層だった。従って、仮にノルマン人が間違った英語を話す傾向があったとしても英語を話す人たちがそれを真似するわけがない。イングランド人がノルマン人に会う機会があったとしても、だ。

時代は11世紀から15世紀。当時のロンドンにもアテネフランセのようなフランス語の学校があったかもしれないが、一般の庶民がそこに通う事例は少なかっただろう。テレビもラジオも映画もなかった時代なので大半のイングランド人がノルマン人に会って古フランス語というかアングロ・ノルマン語を実際に聞く機会は限られていたはずだ。とすると、フランス語が英語の文法に影響を与えたとしても、その影響力には限界がありそうだ。

フランス語は普通の民衆から距離を置いて生活していた支配者が話していたエリートの言語である。これに対して、バイキングはイングランドの地に定着して生活し、英語を話す女性と結婚することも頻繁にあった。とすると彼らの子どもたちが実際に耳にしていたのは間違った英語と正しい英語である。これが英語に影響を与えた。

スカンジナビアのバイキングが現地のイングランド女性と結婚する事例は非常に多かったと思うが、逆の事例も多かったはず。つまりブリテン島での定住を決意したバイキングが故郷から親類を呼び寄せ、その親類の中には少女もいて、彼女がイングランドで適齢期を迎えてイングランド人男性と結婚する、という事例も多かったと考えるのが自然だ。

中国はその歴史のかなりの期間において外国人に支配されていた。(…中略…)だが支配者の言語は中国語に影響を与えなかった。外国人は屋敷の中で中国を支配し、通訳を介して屋敷の外部と連絡をとっていた。大雑把に言うと、普通の中国人が支配者たる外国人に会うことは滅多になかった。そういう機会があったとしても稀に出会う兵士とのやり取りぐらいだ。

これは非常に重大な指摘だと思う。外部の侵略者が定住して現地の住民と密な交流(婚姻や商取引など)をする事例(イングランド)。外部の侵略者が定住しても現地の住民とあまり交流しない事例(中国)。まあ、中国の歴史に関してはもう少し深い考察が必要かもしれないが。

バイキングの影響力の強さは、英語の変化がイングランド南部ではなく北部と東部で始まったことで証明できる

第1に、多くの地域でバイキングが集中的に居住していたことだ。デーンロー (Danelaw, デーン人が多く住んでいたイングランド東部地方) には大半の住民の祖先がデーン人であるという地域もあった。このことが意味するのは、スカンジナビア風味の英語を話していたのはごく一部のデーン人やノルウェー人ではなかったということだ。 "Mommie, hwy spæketh he like thæt?" ("Mom, why speak he like that?" or "Mom, why does he speak like that?")

バイキングはイングランド北部とか東部の海岸沿いの村に定住することが多かったはずだ。大挙してやって来たバイキングだけから成る村もあっただろう。そのような村の中では古ノルド語による会話が一般的だったろう。だがバイキングだらけの村に住んでいても村外のイングランド人たちと何らかの商取引をしなければ生活できるわけがない。とすると嫌でもイングランドの言葉を覚える必要がある。

さらに言えば、バイキングたちはバラバラに居住していたわけではなかった点も重要だ。仮に彼らの家々がイングランド全域に孤立ぎみに点在していたらどうなっただろう? そうなったら少数派のバイキングが多数派のイングランド人に呑み込まれ、イングランドにおけるバイキングの「血の濃さ」が0%近くにまで下がる事態が起きたかもしれない。そのような民族同化の歴史もありえたと思う。だが実際には彼らはバイキングだらけの村に住んだ。こうしてバイキングの人口密度が高い地域が北部と東部を中心に形成された。古ノルド語が英語の文法を変え、バイキング自身がスカンジナビア風味の英語を話し始める歴史がここから始まった。

第2に、文書で明らかなのだが、英語の文法がまっさきに単純化の道に向かったのはイングランドの北部である。スカンジナビアからやって来た人々の人口密度が高い地域だ。

 West SaxonNorthumbrianNorthern Middle Engish
Idēme-o-e
youdēmest-es/-as-es
he/shedēmeþ-es/-as-es
wedēmeþ-as-e
y'alldēmeþ-as-e
theydēmeþ-as-e

上記テーブルは動詞 deem が主格に合わせて格変化する様子。現代英語では deem は deem - deems という貧弱かつ理解しやすい格変化のみが残っているが、昔の英語ではこのように変化していたわけだ。見てもらえればわかるが、イングランド南部の方言 West Saxon とイングランド北東部の方言 Northumbrian の違いが興味深い。古英語の形をよく残している南部。古英語の面影が失われつつある北部と東部。

比較のため同時代のイングランド南部の中英語がどうだったか参照されたい。依然として古英語の形をよく残していることがわかる。南部はバイキングが定住しなかった地域である。

 Old EnglishSouthern Middle English
Idēme-e
youdēmest-st
he/shedēmeþ
wedēmeþ-eþ
y'alldēmeþ-eþ
theydēmeþ-eþ

つまり動詞の接尾辞の単純化あるいは喪失はイングランド全域で同時に起きたわけではなかったのだ。このような現象は特定の地域で先行的に起きた。外国人の大群によって英語がズタズタにされた地域だ。

つい最近の19世紀後半においてもイングランド南部の海岸沿いのドーセット郡 (Dorset) では事物を人称 (personal gender) と非人称 (impersonal gender) に分けて区別していた。personal はヒトを含む生きとし生けるものすべて。そしてある種の道具も含む。 impersonal は上記以外すべて。 tree は personal なので "He's a-cut down." 。しかし water は impersonal なので "It's a-dried up." 。指示代名詞も2つの性 (gender) に分かれていた。water なら "this water" だが tree は "thease tree" という具合に。

V2の法則の呪縛から最初に解き放たれたのもやはり北部である。対照的に南部では長く続いた。

(…中略…)そして dagum の接尾辞 -um が明らかにしてくれる事実がある。dagum は与格の複数形である。ノーサンブリア方言 (Northumbrian) では他の格 (case) が姿を消しつつあるのに、このどっしりとして動かない接尾辞は踏ん張り続けた。他の地方の方言と共に古英語の時代が終焉を迎えようとしているときでさえ -um 接尾辞は自然磨耗に耐え、その姿を -en のような形に変えた。ノーサンブリア方言では常に同じ場所にとどまって -um として生き続けた。まるで夜空に輝く星のように。

これには理由がある。下記のテーブルを見ていただければ理解できるだろう。古英語の stān (現代英語の stone) の格変化、そして古ノルド語の armr (現代英語の arm) の格変化。

 Old English, singularOld English, pluralOld Norse, singularOld Norse, plural
nominative (主格)stānstānasarmrarmar
genitive (属格)stānesstānaarmsarma
dative (与格)stānestānumarmiarmum
accusative (対格)stānstānasarmarma

注目していただきたい点がある。古ノルド語の語尾は概して古英語のそれとは異なる。英語を習うスカンジナビア人は名詞を使うたびに小さな障壁に突き当たっただろう。だが与格の複数形は彼らが唯一安息できる箇所だった。 -um 接尾辞は古英語と古ノルド語が偶然にも同じ形を取る数少ない事例のひとつだったからだ。このことから予想できるのは、スカンジナビアの人々が必死になって -um 接尾辞にしがみついたであろうということだ。対照的にこれ以外の接尾辞は名詞から消えうせた。 -um 接尾辞は彼らにとって古ノルド語で既に馴染み深い形だったのだ。

現代英語の名詞は主格になろうが目的格になろうが変化しない。だが昔の英語の名詞は、現代英語の代名詞が I - me - my - mine と変化するように、主格、対格、与格、属格…によって接尾辞が変化した。しかも名詞によって変化の仕方が違った。ちょうど現代英語の不規則動詞の活用が複雑きわまるのと同じように。名詞の格変化が完全に消滅したのはバイキングの貢献によるもの、というのがおそらくほとんどの言語学者の総意らしい。

アイスランド語が1,000年間変わらなかった理由、英語が変化し続けてユーザー・フレンドリーになった理由

ゲルマン系諸語の中にあって、隔絶された島で話されるアイスランド語は学習者が地球上で稀であり、ほとんど単純化しなかったメンバーのひとつである。今日でさえその文法は古ノルド語の時代からほとんど変化しておらず、アイスランド人はおよそ1,000年前に古ノルド語で書かれた英雄神話と詩歌を読むことができる。アイスランド語には3個の性がある。古ノルド語の格変化に伴う語尾の変化の大半はレイキャビクで暮らす人たちが毎日使っている言葉の中に今でも残っている。加えて、 "you mistake you" という風変わりな表現、 hithering and thithering, verb-second rule, have-完了とbe-完了、 そしてゲルマン祖語に見られたその他の特徴のほとんども健在である。

英語の運命をその親戚たるアイスランド語と分け隔てたものは、略奪者バイキングの侵入を経験したことである。彼らは故郷に戻らずブリテン島にとどまって古ノルド語の代わりにイングランド人の言葉を話す道を選んだ。(…中略…)古代北欧の英雄伝を今でも読めるアイスランドの人々は大陸から遠く離れ、外部の者に侵略されない島に住んでいる。今やゲルマン語族の中で最もユーザー・フレンドリーになった言語を話す人々はアイスランド島に比べて大陸に近い島に住んでいる。その島はその近接性ゆえ繰り返し外部から侵略されてきた。

アイスランド語と英語と中国語を比較してみよう。やや単純すぎるかもしれないけど。

  • アイスランド語 - アイスランドはあまり外部から侵略されなかったのでアイスランド語は1,000年間あまり変化せず複雑な文法を残している。
  • 英語 - イングランドは頻繁にバイキングの侵入を受けた。バイキングは現地の人たちと深く交流したので英語の簡素化に寄与した。
  • 中国語 - 中国は頻繁に他民族の侵入を受けた。他民族は現地の人たちとあまり交流しなかったので中国語の変化に寄与しなかった。

そのほか

私の知り合いの1人は英語ネイティブではないのだが英語は上手だ。私が年齢を訊いたとき彼女はこう答えたことがある。 "I turn twenty-five." うーん、完璧とは言い難いね。正しくは "I'm turning twenty-five." だ。時間を示す語を文頭に添えたときに限り動詞の原形が許される。 "Tomorrow I turn twenty-five." という具合に。

そういえば未来表現に関しても英語は少し独特らしいね。

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