ArtSaltのサイドストーリー

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willはヒトの意思か神の意思か

以前「will と be going to はどう違う?」というエントリを書いた。その後いろいろ思うところあって、助動詞 will の意味について深く考察してみる気になった。

will は未来を表す助動詞である」という勘違いが英語教育で定着したのはなぜか

「英語の動詞や助動詞には過去形があっても未来形がないじゃないか。つまり英語には未来形なんてないんだよ」とおおっぴらに発言する専門家が意外にたくさんいて、こういう意見は最近少しずつ受け入れられつつあるらしい。喜ばしいことだ。私はもちろん同意します。

助動詞 will の意味はひとつしかない。あえて日本語で言えば「語り手の意思」。

英語教育において「will は未来を表現する助動詞である」という間違った解釈が受け入れられてしまったのも無理はない。意思というものはたいてい未来を志向するからだ。過去を志向する意思というのもあるけどね。古英語の時代から will には「意思」という意味があり、動詞として、法助動詞として、あるいは名詞として使われてきた。

Oxford English Dictionary の編纂者 Henry Bradley (1845-1923) はこんなふうに嘆いている。

shallwill の歴史もまた、英語が表現の明晰を求めて絶えざる努力を続けてきたことを物語る例である。これらの未来助動詞は、前述の通り未来時以外の意味を含むため、純粋の未来を表す形式としてはあまり適当なものとは言えない。その点において、英語の未来助動詞はドイツ語の助動詞 werden と比べ、本質的に劣るものである。【中略】
will の用法には確かに曖昧なところが残っており、He will do it. のような文は、単なる未来を表しているのか、「そういうやり方で行う決心をしている」の意味かはっきりしない場合がある。

【ヘンリ・ブラッドリ著、寺澤芳雄訳「英語発達小史」(岩波書店)】

「意思」と「推量」の区別は重要ではない

自分以外の人の意思なんてのはその本人のみが知るものだ。ヒト以外の生物に意思があるかどうかは知らない。雲とか大気には意思なんてないだろう。そういうわけで「I 以外の主語 + will」 という形をとる文章は「推量」の意味を担うことがある。「推量」というのはもちろん「語り手の意思」。

  • "Do you think he's still on board?" - "Uhm, well, he'll be at the airport by now." (「まだ飛行機に乗ってるかな?」「今ごろ空港に着いてるよ」)
  • Sooner or later the cricket will be dead. (どっちみち死ぬんじゃないかな)
  • It'll rain this afternoon, I tell you. (だからね、雨が降ってきそうなのよ)

「推量」が「確信」にまで昇りつめると、"A will B" という文章は「AはBというものなんだ」「AにはBという傾向(習慣)がある」という意味になりうる。

  • A mother will attend on her children when they are sick. (わが子が病気になったら、母親というのはちゃんと看病するものだよ)
  • The pianist would get around L.A. and play jazz. (ジャズを演奏したものだ)
  • Ella will often check on the weather before going to work. (天気を確認する癖がある)

下記テキストの "it won't register any letters I type on the keyboard." という表現は興味深い。

I'm having an error with iKnow. For some reason, it won't register any letters I type on the keyboard. Strangely, the enter key still works, but nothing else does.

Topic: iKnow Doesn't Recognize Typing-English Feedback/英語でのフィードバック - Feedback - iKnow!

コンピュータのプログラムを擬人化し、それに意思があるとみなし、「コンピュータのプログラムはタイピングを認識する意思を持っていない(と私は推量、確信している)」と解釈すればいい。ようするに「推量」は「語り手の意思」なんだ。

結論

  • will に「未来」という意味はない。「語り手の意思」という意味を押さえておけばじゅうぶん。
  • 「推量」とか「予測」とか「確信」は「語り手の意思」である。
    Okay, I'll clean up this mess soon. (わかったよ、すぐ片づけるよ)
    未来のことを語っているのではない。未来に向かう現在の意思を語っている。
    I'll miss him. (これから寂しくなるなあ)
    語り手が自分を人ごとのように見て推量している。「人ごとのように」という表現がまずければ「客観的に」と言ってもいいけど。
    Gmail will tell you some important message once an hour. (重要なことを伝えてくれる)
    擬人化されたGmailの意思、またはGmailに関する推量。
    Would you like to call me later? (電話ちょうだいね)
    相手の意思を慮る(おもんぱかる)表現。日本語の敬語みたいなもんだ。
    Women would go and practically run out as I showed up. (女の子はたいてい逃げていった)
    自称「英語の専門家」たちはこういうのを「過去の習慣」というおよそ無意味な専門用語で説明してるけど、わかってないなあ。
    これは「過去の方向を向いた語り手の現在の意志」なんだ。ペーパーバックをよく読んでいる人たちは知ってると思うけど、自伝とか回顧録でよく見かける表現。自伝の書き手が過去の出来事に思いをはせている感触(これも語り手の意思)をつかむべし。

おまけ
助動詞 will, shall と超越者の意思

ここからおまけの話。
"Sooner or later the cricket will be dead" とか "It'll rain this afternoon" という例文を書いてるとき思ったんだけど、コオロギ (cricket) とか雨雲の動きに「人を超越したものの意思」を見る人がいるかもしれない、英語圏では特に。「人を超越したもの」っていうのはたとえば神とか…

似たようなことを考えている人を掲示板で発見したので貼っておく。うーむ、驚いたね。ただし話題にしているのは will ではなく、滅びつつある助動詞 shall

SHALLとは、いわば「超越者の意志」である。私にとっての超越者とは、私の意志を超えた存在のことである。人は何かしら畏ろしく、自分の意のままにならない存在を「超越者」とみなす。神は超越者である。また、個人の意図を超えて自律的に働く組織(国家や会社など)も超越者である。自然の法則もまた超越者である。以下の例文はいずれも話し手の意図を超えたところで、すでに決められている事柄であり、すなわち超越者の意志である。

Thou shalt not kill.(=You shall not kill.)
(汝、殺すべからず)
Passengers shall be permitted to board at regular bus stops.
(乗客は正規のバス停留所で乗るものとする)
All men shall die.
(すべての人間は死ななければならない)

人が自分をいわば超越者に「なぞらえる」場合もある。つまり、「周囲が何と言おうとも私は周囲の意志を無視して、何としてでも己れの意志を貫くゾ」という時がそうである。これがいわゆる「話し手の意志」である。この場合、私は周囲の人々の意志を超えた存在になるわけである。

The man is a traitor and he shall die.
(あの裏切り者め。生かしておくまい)
I shall return.
(必ず戻って来る)

ルネサンス以降、世俗化が進展した。神の影は薄くなり、人々の意識の中から超越者は消え、SHALLの意味も弱まった。いまでは、(神の意志ではなく)せいぜい他者の意志をうかがう場合に用いられるくらいだろう。

Shall I help you?
(手伝おっか?)
Shall we go to the movies tonight?
(今夜、映画に行かない?)
5883.助動詞について(EAH) - English@Heartの学習掲示板の過去ログ(EAH) - livedoor Wiki(ウィキ)

これ読んでわかったよ。shallwill の意味は似てるように見えるけど、過去形 (should, would) にすると全く似ていない理由。shall が法律の文章で多用される理由。Thanks.

2008年12月08日追記

Google
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I'll clean up this mess soon.
I'll miss him.
この二つは構造は同じなのに、どこか後者は他人事のような感じを受けるのはどうしてなんですかね。
I'll be glad to help you.
なんかは曖昧かも。もしかしたら他人事云々は僕がおかしいのかもしれません。
2008/11/27(木) 02:34:46 | URL | edvakf #Y.EWVbK6[edit]
「客観的な雰囲気」云々はedvakf情報なんで、今さらそういうこと言われても困ります。
実を言うと、この件は私もかなり悩みました。ふと思ったのは、

1. 文脈や雰囲気で決まる
2. 動作動詞 (clean) と状態動詞 (miss) の違いに由来する
3. 動きを感じる表現 (be back) と動きを感じない表現 (be glad) の違いに由来する

○○○ 数時間後追記、ここから ○○○

動作は「語り手の意思」と親和性があるが、状態は「超越者の意思」と親和性がある。

○○○ 数時間後追記、ここまで ○○○
2008/11/27(木) 17:36:46 | URL | ArtSalt(管理人) #XH/u8wDg[edit]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012/08/27(月) 09:45:29 | | #[edit]
返事が遅くなりましたが、名無しさん、コメントありがとうございました。
2012/09/03(月) 21:10:57 | URL | ArtSalt(管理人) #-[edit]
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